↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30を過ぎた俺に、モテ期という都市伝説は来なかった  作者: 松原 透


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/14

03 面接は、始まる前に終わった

「今、断るって言ったか? 言ってないよな? 私の聞き間違いでいいんだよな?」


「誘ってくれたのは、正直すごく嬉しかったです。でも、これ以上先輩に甘えるのは悪いですから」


「甘えていいんだよ。人材は本当に募集してるんだ。お前のことならよく知ってるし、頼りになると思ってる」


 先輩は怖いところもあるけれど、本当に面倒見がいい。

 俺が負担に感じないように、あえて言葉を選んでくれているのだと思う。

 先輩は、昔からそういう人だった。

 だから、先輩の周りにはいつも人が集まった。皆、先輩のことが好きだった。


「お前なら、うちの会社でも十分戦力になると思ってたんだ」


「……そう言ってもらえるだけで、救われた気がします」


 この歳になっての就職活動は、正直なところ心が折れかけていた。

 何社も面接を受けて、二次面接、最終面接と進むたびに、今度こそはと期待する。そして、その期待はいとも簡単に打ち砕かれる。


 夜は疲れ果てて泥のように眠るだけの日々。

 いつか貯金が底をつくまで、ずるずると自堕落な生活に落ちていくのではないか。毎日毎日、そんなことばかり考えるようになっていた。


 こうして応援してくれる人がいる。それだけで、明日からもう少しだけ頑張れる気がした。


「昔のよしみだけで採用すると、会社にとって不利益になることもあるんです。先輩のほうこそ、考え直してください」


「そんなことを言うな……」


 先輩は、俺のスーツの袖をきゅっと摘んでいた。


「私は、お前がいいんだ」


 悲しそうな顔をする先輩を前に、俺はどうするべきか迷っていた。


 もしかしたら本当に、俺を必要としてくれているのだろうか?

 ついつい、自分に都合のいい方向に考えてしまう。それどころか、次の仕事が見つかるまでの「繋ぎ」として甘えてしまおうか、なんてことまで頭をよぎる。


 大学時代の俺なら、何の迷いもなく、文句を言いつつも先輩に従っていただろう。

 でも、今の俺たちは、もうそんな歳じゃない。


 いつまでも先輩と後輩の関係が続くとしても、会社という組織に属するなら、これまでの間柄はかえって足かせになりかねない。

 先輩の会社だって、今は大変な時期なのかもしれない。だからこそ、もっと慎重に人を選ぶべきなのだ。


「……先輩?」


「いいから来るんだ。お前がそこまで言うのなら、私が直々に面接をしてやる」


「ちょっと、なんでそうなるんですか!?」


 袖を摘んでいた先輩の手が、いつの間にか俺の腕をがっちりと掴んでいた。

 ぎりぎりと、骨が軋むような音がする。


 先輩の握力は、リンゴも握り潰せると噂になっていた。

 その噂の真偽を、俺の腕で確かめたくはない。


「わ、わかりました! 面接は受けます! 受けますから、手を離してください!」


「ほ、本当だな!?」


 振り返った先輩は、満面の笑みを浮かべていた。

 まるで、あの頃に戻ったかのような笑顔だった。


 腕を力強く引っ張られ、俺は引きずられるようにして先輩の後に続いて歩き出す。


『君は、そこで何をしているんだ?』


『サークル選びで迷う必要なんてない。君は私たちのサークルに入るのだからな』


 大学に入ったばかりの春。

 キャンパスの中で途方に暮れていた俺の腕を、今と同じように掴んで引っ張っていったのも、この人だった。


 先輩は、あの頃と何も変わらない。

 自由で、わがままで。振り回されることも多かったけれど、先輩がいると、皆が笑っていられた。


 でも先輩……そろそろ、力の加減を覚えてください。腕が痺れてきました。




「ここだ!」


 先輩が振り返り、両手を広げてみせた。


 かろうじて見覚えのある通りだった。

 俺は鞄から、プリントアウトしてきた地図を取り出して、周囲の建物と見比べる。

 隣のコンビニ。向かいの古い喫茶店。間違いなく、この場所だ。


 だが、ここだけがまるで別物になっていた。

 パソコンの画面で見た、あのひび割れた雑居ビルではない。

 ガラス張りのエントランスに、磨き上げられた外壁。七階建ての、真新しいオフィスビルが建っていた。


「何を見てるんだ? ああ、それは建て替える前の写真だな」


「建て替えた……?」


「三年前にな。ちなみに、このビルは丸ごとうちの会社の所有だぞ? ネットは便利になったが、この道は交通量が少ないから、地図の写真の更新が遅いんだろう」


 確かに、プリントアウトした写真の隅には、六年前の日付が入っていた。


 というか、こんな立派なビルが、会社の所有物?

 しかも、建て替えられるほどの資金が?

 よく見れば、一階と二階にはカフェと歯医者が入っている。テナントとして貸しているのか?


 これなら、俺一人雇うくらい、何の問題もないのか?

 いやいや、でも、本当にいいのか?


「何をブツブツ言ってるんだ?」


 気づけば、先輩が腕を組んで、怪訝そうな顔で俺を見ていた。


「……もしかしてだが。会社がボロいビルに入ってると思ったから、断ろうとしてたのか?」


 声のトーンが一段階落ちた。

 確かに、そう考えなかったわけではない。わけではないのだが……。


 ここで正直に答えたら、確実に殺される。


「そんなことありませんよ! 大好きな先輩のことを思えばこそです!」


「だっ、だいす……」




 ――理不尽すぎる。

 これが理不尽でないのなら、いったい何が理不尽だというのか。


 会社の前でのやり取りで、なぜ俺はいきなりビンタをされたんだ?

 しかも、グーではなくパー。先輩がパーで叩くところなんて、初めて見た。

 昨日のハンバーガーショップといい、さっきのお冷やといい、先輩は最近、情緒が不安定なのかもしれない。


「さっきはすまなかった。しかし、お前も悪い。そこは重々反省するんだ」


「……申し訳ございません」


 何をどう反省すればいいのかさっぱりわからないが、とりあえず謝っておく。

 空手の有段者として、素人に手を上げてはいけないということを理解してほしいものだ。

 口に出して言えればいいのだが、これ以上面倒なことになりたくないので、黙っておくことにした。


 エレベーターで最上階に上がり、社長室に通される。

 ビルを建て替えるだけのことはあった。俺が座っている革張りのソファも、壁一面の本棚も、窓から見える景色も、前の会社の社長室とは比べ物にならない。


 コンコン、とノックの音がした。


「失礼します。――あ、申し訳ございません。ご来客中とは存じませんでした」


「彼のことなら構わない。すまない、少しそこで待っていてくれ」


 入ってきたのは、ファイルを抱えた若い女性社員だった。

 先輩はデスクに座ったまま書類を受け取り、何事か指示を出し始める。

 間違いなく仕事の話だろう。今の俺は完全に部外者なのだから、席を外したほうがいいと思うのだが……。


 案の定、先輩はまったく気にしていない様子だったが、女性社員のほうは俺のことが気になるらしく、何度もちらちらとこちらを見ていた。

 ……いや、気になるというより、なんだか値踏みされているような目つきだった気がする。


「では、そのように進めてくれ」


「かしこまりました」


 女性社員が一礼して出ていくと、先輩はふんぞり返って、ちらりと俺のほうを見た。

 どうだ、私は仕事ができるだろう――と、顔に書いてある。

 褒めて、という顔だ。この顔は、これまでに何百回と見てきた。


 俺はそんな先輩をよそに、ため息をついて目を閉じ、首を横に振った。


「お前の、そういうところは嫌いだ」


「先輩の、そういうところ。俺は好きですよ」


 ――パァン。


 叩かれていないほうの頬に、二発目のビンタが飛んできた。

 まだ始まってもいない面接は、その場で終了を告げられ、俺は廊下に放り出された。




「失礼ですが、遠山さんでよろしいですか?」


 両頬をさすりながら廊下で途方に暮れていると、声をかけられた。


「はい。遠山達也は、私ですが」


「ああ、良かった。人違いでなくて安心しました」


 白髪交じりの、穏やかそうな年配の男性社員だった。

 顎に手を当てて、俺の頭のてっぺんから爪先まで、まるで品定めでもするかのようにじっくりと眺めてくる。

 俺が居心地の悪さを感じていることに気づいたのか、男性は誤魔化すように笑った。


「いや、失礼なことをしてすまない。申し遅れました、私は柳と申します」


 そう言って、持っていた分厚いファイルを差し出してきた。


「配属していただく部署の業務マニュアルなどです。それと、これが私の名刺です。それでは、明日からよろしくお願いしますね」


「は、はぁ……」


 明日から、社員として来いということか?

 面接は、たった今、強制終了されたはずなのだが。


 ファイルの上に載せられた名刺には、「総務部 部長 柳」とあった。

 さっきの人は、部長さんだったらしい。


 ……俺、本当に大丈夫なのか?




  * * *




 同じ頃。

 ビルの五階にある、総務部の小会議室。


 ブラインドの下ろされた部屋に、数人の社員が集まっていた。

 ホワイトボードの前に立つ柳部長が、静かに口を開く。


「彼は、いかがでしたか?」


「私は、いいと思います」


 先ほど社長室に書類を届けた女性社員が、真っ先に手を挙げた。


「真面目そうな方でしたし。それに……」


 彼女は言葉を切って、少しだけ声を潜めた。


「何より、あのお顔ですから」


「ええ、私も廊下でお会いして驚きました。社長が仰っていた通りでしたね」


「あれなら、社長が放っておけないのも無理はない」


 会議室のあちこちで、うんうんと頷く気配がする。

 柳部長は満足そうに目を細め、ゆっくりと全員の顔を見回した。


「では皆さん――よろしいですね?」


 全員の手が、一斉に挙がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。