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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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213/225

第八十章『檻の夢、銀猫の目覚め』

挿絵(By みてみん)

※ここから数話、心理的に重く、息苦しい展開が続きます。

朝が、訪れていた。

東の空にわずかに紅がにじみ始め、寝台のカーテンの隙間から淡い光が差し込む。

 

ゆっくりと世界が目覚めてゆくなかで、ファナのまぶたが震えた。

浅いまどろみの中、彼女はそっと瞳を開け──視線の先に、寄り添う温もりを認めた。

 

隣には、静かに眠るラルガス王の姿。

その寝息は穏やかで、風のように微かに、だが確かに彼女の肌に触れる。

 

(……あ……)

 

ファナはゆっくりと身じろぎをした。肩にかかっていた薄いシーツが滑り落ち、露わになった白い肌へ朝の冷たい空気が触れる。

彼女の腕が、ほんの少し震えた。

枕元へ目を向ければ、昨夜乱れた上着がくしゃりと落ちていた。

 

そして──ファナは、目を伏せた。

(……もう、わたしは──)

指先が震える。

 

目を逸らすように、彼女は寝台を抜け出した。その動作にも、どこか迷いが滲んでいる。

鏡の前に立つと、昨夜の名残があまりに明確にそこにあった。

銀灰の髪はわずかに乱れ、頬はかすかに紅潮したまま。

鏡の中の自分と目を合わせられず、彼女はそっと目を伏せる。

 

「……わたし、もう……戻れないところまで来ちゃったんだ」

「……誰のせいでもない。自分で選んだ。……戻れないんだ……」

 

寝台に残る温もりが、肌に染みついている。

それがどこか優しく、苦しい。

 

ファナは今にもこぼれそうな吐息を殺し、胸元を抱きしめるように手を当てた。

 

──そんなときだった。

 

ふと、何かが足りないことに気づく。

この朝の部屋に、本来ならばいるはずの小さな気配が──ない。

 

「……ファニャン……?」

 

名前を呼んでから、ファナはすぐに口元を押さえた。

自分が、それを求めていたのだと気づいてしまったから。

 

「……そっか、いないんだ。……そうだよね」

 

ぽつりと呟く。

あの小さな黒猫は、あの日から姿を見せていない。

ファナは、自分から離れていったのだと思っていた。

 

「……ごめんね、ファニャン……」

 

それ以上は言葉にならなかった。

ただ、信じていた。

 

またいつか──あのふわふわした身体が、気づけば隣にいてくれることを。

それが、どんなに勝手な願いであっても。

 

***

 

そのころ──

 

木々が生い茂る城の庭園。その奥、誰の目にもつかぬ高木の枝の上。

そこに、小さな影が佇んでいた。

黒く、小さく、ふわりとした身体。

夜明けの風に毛並みを揺らしながら──

紫の瞳の奥に、かすかな銀の光が宿っていた。

 

──ファニャンだった。

 

何も言わず、ただ遠くを見ていた。

その目に映るのは、広大な王城の一角──あの部屋の窓。

見守ることしかできない小さな背中が、風に揺れていた。

 

***

 

古びた塔の高窓に、ひとりの女が立っていた。

艶やかな黒紫の長い髪に、仮面のような微笑。かすかに揺れるドレスの裾。

 

──ヴェルナ・クローデル。

 

彼女はひとつ息をつき、宙を見上げて、詩を口ずさむように呟いた。

 

「──ようやく、幕が上がったわね」

「主演は銀猫。助演に王。舞台は、甘い檻の中……」

 

その瞳は遠くを見るでもなく、しかしすべてを見通すかのように淡い光を湛えていた。

唇が笑みの形を作る。

 

「さあ、ここから何を選ぶのか、見せてちょうだい」

「愛も、哀しみも、すべて抱えたままで──」

 

音もなく、風が高窓を吹き抜ける。

ヴェルナは目を細め、囁いた。

 

「……次の幕も、楽しませてね。銀猫」

 

塔に残る薄闇へ溶けるように、彼女の姿が消えていった。

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