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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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206/224

第七十三章『銀猫、王宮へ招かれる』

挿絵(By みてみん)

王城の一室。重厚な帳が、開け放たれた窓から入る風に揺れていた。

 

その中央に立つ男の佇まいは、あまりにも静かだった。

だがその背中は、剣より鋭く、雷よりも恐ろしい。

 

レオーネ王国国王──ラルガス・ディエン。

 

その眼差しは今、銀糸を織り込んだ絹布で作られた、小さなぬいぐるみに注がれていた。

 

銀髪、猫耳、赤いリボン。

胸には小さな──だが確かに、信仰の象徴となる紋が織られている。

 

「……これが“銀猫”と呼ばれる存在か」

 

言葉は呟きだった。

しかし、その場には、呼吸すら許されぬほどの緊張が走った。

王は腰を下ろし、指でぬいぐるみの耳をつまんだ。

 

「可愛らしいな。だが──可愛い、というだけではない」

 

側近が一歩前に出て、淡々と報告する。

 

「件の少女・ファナ・ラムゼリア。近年、各地で目撃証言が相次いでおります。

羽衣をまとって走った姿が目撃されたともいわれ──それも、信仰を深める神秘として扱われています」

 

「羽衣をまとって、か」

ラルガスの眉がぴくりと動いた。が、それ以上の反応は見せない。

「……よい。事実か否かは重要ではない。人々が“何を信じているか”がすべてだ」

 

「……はっ」

 

***

 

ラルガスは椅子から立ち上がると、窓辺へと歩み寄った。

 

遠く、王都の白い塔が連なる景色。

風がその金色の髪を揺らす。

 

「我が父は戦によってこの国を大きくした。

だが、戦による安寧は長く続かぬ。勝者の背には必ず不満が残る」

 

ラルガスは、窓の外に広がる王都を見下ろした。

 

「ならば、民が自ら信じ、心を預けられるものを国の中心へ置く。

信仰が民を結ぶのなら、王はそれを正しく導かねばならぬ」

 

ラルガスは、机上の銀猫を静かに見下ろした。

 

「ファナ・ラムゼリアを王宮へ迎える。妃として」

 

一拍の沈黙。

だが、それが命令であることに疑いはなかった。

 

「まずは正式な使節を組め。丁重に、礼を尽くして迎えるのだ」

「拒まれた場合は、いかがいたしましょう」

「その時は、国にとって最も正しい形を選ぶ」

 

側近は口元を引き結び、深く頭を下げる。

「……かしこまりました」

 

***

 

その夜。

王城の外壁に、風が吹き抜ける。

 

高台に佇む黒衣の女が、静かに空を見上げていた。

 

ヴェルナ・クローデル。

 

塔の窓から見える王の私室には、小さな銀猫のぬいぐるみが置かれていた。

 

「舞台は整いつつある。さて──最初に綻ぶのは、どこかしら」

 

彼女の意識は、未だ気づかぬ王と、遥か遠くの“銀猫”へ向けられていた。

 

──記録『銀猫継記』より

「支配は形を変え、信仰は風に乗る。

王は求め、少女は戸惑い、舞台は静かに音を立てて崩れ始めた。

されど誰も気づかぬ──神を所有しようとしたその瞬間に、

神話の扉は閉ざされることを」

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