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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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205/224

第七十二章『銀猫、世界に知られる日』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

朝。小さな家の窓辺に、柔らかな陽が差し込む。

クッションの上で、黒猫──ファニャンが小さく丸まって寝息を立てていた。

ファナは静かに湯を注ぎ、メルに紅茶のカップを差し出す。

「うん、おいしい……」

「君が淹れると、どんな茶葉も美味になるね。これはもう才能だよ」

「も、もう……口ばっかりなんだから……」

ファニャンの尻尾がゆらりと揺れる。平和な朝。ごく普通の日常。

──そう思っていた、ほんの少し前までは。

 

***

 

「銅像は禁止されたけどさ、他所じゃ普通にあるらしいよ?」

市場の賑わいの中、通りすがりの声が耳に入る。

「銀猫様の髪を再現した絹織物が売ってるとか……」

「抱き枕も人気らしいよ、あの猫付きの」

ファナは顔を引きつらせたまま、手にしていた野菜を落としそうになる。

「……ぬいぐるみくらいなら、もう……仕方ないって思ってたけど……」

そう言いながら、視線の先──とある露店の棚に、ひとつだけ異質な物があった。

「……な、なにこれ……」

小さなぬいぐるみ。

銀髪の猫耳少女の形をしており、背には例の赤いリボン。そして──

「……!? マントだけ!? いや、“羽衣マント”って……!!」

口を押さえながら震えるファナの隣で、ファニャンがふらふらと店先に近づいた。

「ファ、ファニャン、それは……! それだけはダメぇぇぇぇぇええええ!!!」

 

 

──だが、すでに遅かった。

 

黒猫は素早くジャンプし、問題の“羽衣マントぬいぐるみ”を咥えると、そのまま露店から猛ダッシュ。

「待ってぇぇえええ!! 返してええええ!!」

 

挿絵(By みてみん)

 

「……あれは……銀猫?」

「神話にある、“猫の導き”だ……」

「ぬいぐるみを咥えて導く神猫……!? 新たな逸話か!?」

 

周囲の民がざわつく中、ファナが全力で通りを駆け抜ける。

その先を、ファニャンが全力で逃げていた。

「やめてええええええ!! それ、奉納されちゃうううう!!」

メルは路地の屋根の上からそれを見下ろし、ため息をついた。

「……やれやれ。君はほんと、話題に事欠かないね」

 

そして、詠唱もなく展開される術式。

空中に雷の魔法陣が描かれ、ファニャンの目前にふわりと出現した金色の光球。

反応した猫はくるりと宙返りし、咥えていたぬいぐるみを思わず放り投げた。

 

そのまま光球が包み込むように捕捉。ふわりと空中で停止。

地上では、ぜえぜえと肩で息をするファナが、ようやく追いついた。

「も、もう……ほんと、やめてぇ……」

ファニャンはすっと彼女の足元に戻り、しれっとした顔で座る。

「……ふにゃ」

「怒ってないよ……怒ってないけど……でも、ほんと、これはだめだからね……!」

 

***

 

その様子を、少し離れた馬車の中から静かに見つめていた一団があった。

一見すれば裕福な旅商人にも見える男が、穏やかに呟く。

だが、その仕草には隠しきれない王族の気品があった。

「……面白いものを見た」

「お言葉を返すようですが……今のは単なる騒動かと」

「否。あの猫と少女、そして男。周囲の反応──それら全てを含めて、何かがある。……彼らの名は?」

「“銀猫”と“金雷”と呼ばれております。近年、各地で目撃され、奇跡と共に語られる名です」

「銀猫……金雷……。ふむ」

 

男──ラルガス・ディエンは、小さく笑った。

「では、我が国にも銀猫のぬいぐるみを一体持ち帰ろう。……羽衣マントではない方を、だ」

「かしこまりました」

控えていた従者の一人が、何食わぬ顔で馬車を降りる。

ラルガスは椅子に身を預け、その背を見送りながら呟いた。

「静かな足音で、世界に名を刻む者たち。……ふふ。興味深い」

 

***

 

その日の夜。

家に戻ったファナは、クッションの上で丸くなるファニャンを見つめて、どこか放心したように呟いた。

「……わたし、なんか……世界に知られてない……?」

「君が今さら何を言うのさ」

紅茶を差し出しながら、メルが微笑んだ。

「でも、大丈夫。神様じゃなくても、君は君だ。……だから、信じられてる」

「……うん。でも……羽衣マントはほんとにやめて……」

ファニャンがくるりと一回転して、クッションに鼻先を押し付ける。

すべてをやりきった顔だった。

 

 

──記録『銀猫継記』より

「銀猫の名、風を越えて遠くへと届きぬ。

それは意志にあらず、されど願いのかたち。

静かなる猫の足音に、王国すら耳を澄ます」

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