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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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203/224

第七十章『銀猫、呼ばれた名を越えてゆく』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

夕暮れ。山あいの細道を、ファナとメル、そして肩に乗ったファニャンが進んでいた。

二人と一匹の影が、朱色の光の中に長く伸びている。

 

「……今日、あの子の笑顔、ほんとに嬉しかった」

ぽつりとファナが呟く。木々の影が、細長く地面に伸びている。

「そうだね」

メルも穏やかな声で応える。

「“神”じゃなくても、人は笑う。笑ってもらえることがどれほど尊いか──それは、君がいちばん知っている」

ファナは少し照れたように笑い、肩のファニャンの背をそっと撫でた。

 

そのときだった。

ファニャンの耳がぴくりと動いたかと思うと、突如、肩から飛び降りて森の奥へ駆け出した。

「ふぁっ、ファニャン!? どこ行くの!?」

驚いたファナが走り出す。メルもすぐに後を追った。

 

木立を抜け、小さな谷間に出た。そこに横たわる、小さな人影。

傍には、小さな籠と、摘みかけの薬草が散らばっていた。

「……子ども?」

ファナが駆け寄り、その体を揺すった。

「目を覚まさない。息はあるけど、すごく浅い……」

 

額に手を当てたとき、ざわりと空気が揺れた。嫌な気配。魔力のようで、けれど濁った感触。

「瘴気だ。古い封印が緩んでいる」

メルが低く言った。

「強いものではない。だが、子どもには毒になる」

 

ファナは唇を噛んだ。

「わたし……どうしたら……」

迷いの中、倒れている子どもの手がわずかに動いた。その小さな指が、空を掴むように震えていた。

──誰かを、求めるように。

 

その姿を見て、ファナは拳を握った。

「……神様だから、じゃない」

声はかすれていたが、確かに届く。

「わたしが、助けたいから助けるんだよ。名乗らなくても、“ファナ”として、そうしたいって思ったんだ」

隣でメルが微笑む。

「なら、俺も手伝おう。名も肩書きも関係ない。ただ、必要なことをしよう」

 

封印の構築は、時間との戦いだった。

メルが地面に新たな術式を描き、ファナが教えてもらいながら補助結界を組み合わせて展開する。

「ファナ、そっちの符、今!」

「うん、行くよ!」

二人の息はぴたりと合っていた。術式が淡く光り、瘴気が収束されていく。

やがて谷の気配が静まり、風が通り抜ける。

 

倒れていた子どもが、うっすらと目を開けた。

「……だれ、か……」

「……大丈夫。もう安心だよ」

ファナはしゃがみこみ、そっと手を差し出す。

子どもはその手を握り、小さく笑った。

「……ありがとう、お姉ちゃん……」

ファナの瞳に、じんわりと涙が滲んだ。

「……うん。よかった」

 

村に戻ると、驚きと感謝の声があがった。

倒れていた子どもの家族が駆け寄り、深々と頭を下げる。

「命の恩人です……ありがとうございます、本当に……!」

けれど、その中に「神様」という言葉はなかった。

「ファナさん」

誰かが、そう呼んだ。

 

銀猫様ではなく。

神様でもなく。

 

ファナさん、と。

 

挿絵(By みてみん)

 

ファナは胸の奥があたたかくなるのを感じた。

神様じゃなくても。名前ひとつで、届く想いがあるのなら。

 

帰り道、森を抜ける小径で、ファナは小さく息をついた。

肩に戻ったファニャンが、心地よさそうに丸くなる。

「……神様じゃなくても、誰かを笑顔にできたなら──」

ファナは空を見上げて囁いた。

「それだけで、十分かもね」

ファニャンが「ふにゃ」と返す。

「……ねえ、なんであんたが人気あるんだろ……ずるいなあ」

ファナは少し笑って、指でファニャンの額をこつんと撫でた。

 

 

「名を呼ばれど、名に縛られず。

神と呼ばれど、人として歩む。

ただ、笑顔の傍に在れ──それが銀猫。」

──白衣銀猫教典 第四章『帰るその道にて』より

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