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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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202/224

第六十九章『銀猫、願いを届けるだけでいいなら』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

ギルドの朝はいつも少し騒がしい。

けれど今朝の空気は、どこか不思議な静けさを含んでいた。

 

木製のカウンター越しに立つミリアが、手紙を持ったまま眉を寄せていた。

ファナが近づくと、彼女は小さく囁く。

「ファナ。……君宛の、ちょっと変わった依頼が来てるよ」

「えっ、わたしに?」

ファナが受け取った便箋は、手触りの良い厚紙で、淡い花模様が縁に印刷されていた。

 

封を開け、中を読む。

「銀猫様へ。

病気のために外へ出られない私の息子に、一度だけ、あなたの姿を見せていただけませんか。

あの子は、あなたを“本物の神様”だと信じています。

奇跡も、加護も、何も求めません。どうか、ただ、一目──」

読み終えたファナは、そっと手紙を伏せた。

 

心の奥が、やさしく痛んだ。

「また……神様扱い、だよね……」

「うん。でも、この人は“お願い”してるだけ。“信仰”よりも、“願い”の形に近いと思う」

ミリアは優しく言葉を添えた。

「神様じゃないって、ちゃんと伝えてもいい。行くかどうかは……ファナが決めていいんだよ」

 

***

 

帰宅したファナは、湯気の立つ紅茶を両手で包んでいた。

ソファの向かいでは、メルが静かに新聞をめくっている。

 

「……私が、行って。本当に、意味あるのかな」

ぽつりと落ちたその声に、メルは新聞を閉じて、視線を向けた。

「意味があるかどうかは、誰かが決めることじゃない。

……でも、君が“笑顔”を届けられるなら、それは十分だと思うよ」

「……笑顔、か」

「奇跡じゃない。“君”がそこにいること。それが誰かの力になることもある」

ファナは黙ってうなずいた。

 

その時、トン、と音がして、ファニャンが跳ね上がってくる。

軽やかにファナの膝に飛び乗ると、そのまま丸くなって喉を鳴らしはじめた。

そのあたたかさに、ファナの表情が少し緩む。

「……ファニャンも一緒に来てくれる?」

“ふにゃっ”と返事のように鳴く声。

ファナは小さく息を吐いて、目を閉じた。

 

***

 

郊外の小さな家は、庭先に花が咲いていた。

 

玄関を開けた女性は、やや疲れた表情だったが、それでも柔らかい笑みを浮かべていた。

「ようこそいらっしゃいました……本当に、ありがとうございます」

「えっと、あの……私は神様じゃないですから、あまり期待は……」

「ええ。わかっています。……でも、あの子が、あなたに会えると聞いた時、本当に嬉しそうで」

そう言って彼女は家の中へと案内してくれた。

部屋の中には、穏やかな光と、たくさんの絵本やぬいぐるみ。

 

そして──窓際のベッドに、小さな男の子が横たわっていた。

目を大きく見開き、口元にうっすらと驚きの色を浮かべる。

「……ほんとに……銀猫様……?」

ファナは、足がすくみそうになるのをなんとか堪えて、ぎこちなく笑顔を作った。

「あ、あのね……神様じゃなくて、ただの冒険者なんだ。だから──」

 

その言葉を遮るように、ファニャンがするりと床から飛び乗り、少年の胸の上にちょこんと座った。

「……ふわふわだ……あったかい……」

その言葉に、ファナは自然と微笑んでいた。

「ね? この子は、黒猫なんだよ」

──その瞬間、ふわりと魔力が揺れた。

 

挿絵(By みてみん)

 

ファニャンの毛並みが、陽光を受けて、ほんの一瞬だけ銀色に見えた。

少年の目が、驚きに染まる。

「……すごい……ほんとに……銀猫様だ……!」

手を伸ばし、そっとファニャンの背を撫でる。

ファニャンは何事もないように喉を鳴らしていた。

 

***

 

帰り際。玄関まで見送った母親が、深く頭を下げた。

「この子が……笑ったの、何ヶ月ぶりかしら。……本当に、ありがとうございました」

「でも、私……私は、神様なんかじゃ……」

「わかっています。神様かどうかなんて、私にはわからない」

 

その言葉に、ファナの瞳が揺れる。

「でも……あなたが来てくれた。それが、全部なんです」

涙がにじみそうになって、でも、ファナは泣かなかった。

笑った。

「……うん。ありがとう。来て……よかった」

 

***

 

夕焼けに染まる帰り道。

ファナはファニャンを肩に乗せ、静かに歩いていた。

 

風が、優しく頬を撫でる。

「神様じゃなくても……誰かを笑顔にできたなら、それだけで、十分かもね」

“ふにゃ”と、ファニャンが短く鳴く。

ファナはくすっと笑って、肩をすくめた。

「……ねえ、なんであんたがそんなに人気あるんだろ。ずるいなあ」

ファニャンは得意げに胸を張った。

 

──白衣銀猫教典 第三章「ありがたき訪れ」より

神かどうかは知らぬ。けれど、わたしは笑えたのだ。

わらったとき、猫がいて、猫のそばにあの子がいた──それで十分だろう?

 

──奇跡じゃなくていい。

ただ、願いを届けられたのなら──それで、きっと、十分だ。

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