表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/225

第六十八章『銀猫、追われて逃げて、問いかける』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

朝の光が、カーテン越しにやわらかく差し込んでくる。

 

小さな家の居間。ほんのり紅茶の香りが漂うその空間で、ファナは静かに窓辺の椅子に座っていた。

手元には湯気の立つティーカップ。耳が少しだけピクリと動く。

「……また来てる。これで何日目……?」

 

外からは、小さな足音や話し声。

見なくてもわかる。きっと、今日も供物台に“奉納”が届いているのだ。

干し魚。ミルク。花。たまに猫用クッション。

それは全て、ファニャン──銀猫様の使いとも、神の猫とも呼ばれ始めた黒猫──への信仰の証。

 

ファナは小さくため息をついた。

「ファニャン……もうあの場所、あんたの宝箱みたいになってるよ」

 

部屋の隅で新聞を広げていたメルが、わずかに微笑む。

「見出しには“銀猫様、御加護を垂れる”……。ふむ、今日は“病が癒えた”という話のようだね」

 

ファニャンはその間も当然のように供物台から戻ってきて、干し魚をひとつ咥えている。

咀嚼音も気にせず、ぽてっと床に寝転がり、満足げにゴロリ。

 

ファナはその様子を見て、思わず肩の力が抜けた。

「……まぁ、いいけどさ」

 

***

 

昨日の一件で、もう二度とないと思っていた。

けれど、猫の善意に“反省”という概念はなかった。

 

それは唐突に起きた。

 

ファニャンが裏口から、いつものようにトテトテと帰ってきた──が。

くわえていたのは、今日に限って、“生きていた”。

 

「ん……? ファニャン、それ……」

 

次の瞬間、それは地面に“ぽとり”と落とされた。

 

――ピクリ、と動く影。

 

「ひ……ひゃ、ひゃ、ひゃああああああああああああっっっっ!!?」

 

それは、生きたネズミだった。

 

しかも、大きい。

 

ネズミは目を光らせて、一瞬ファナを見たかと思うと──走り出した。

 

「いやああああああああああああああっっっ!!!」

 

ファナが部屋を飛び出す。

 

ネズミも逃げる。

 

なぜか、ファナの行く先へ逃げる。

 

ファニャンが追う。

 

挿絵(By みてみん)

 

ファナが叫ぶ。

 

ファニャンが嬉しそうに“にゃっ”と鳴く。

「ちがっ、やめて、そっち来ないでぇぇぇぇえええ!!」

 

ソファの上、棚の下、台所まで巻き込んで繰り広げられる三すくみ追走劇。

その一部始終を、メルはソファに座りながら優雅に紅茶を啜って見守っていた。

ただし、指先にはいつでも捕獲できるよう、細い魔力糸が揺れている。

「……うん。平和だね」

 

***

 

やがて、ネズミはファニャンにくわえ直され、“そっと外へ連れて行かれた”。

無事、自然へ帰されたらしい。

 

部屋の中は若干の荒れ模様だったが、何よりファナが生きていた。

「も、もうやだぁ……ネズミ、やめて……」

 

崩れ落ちるように床にぺたんと座り込み、額に汗をにじませながらファナは涙目で嘆いた。

その横でファニャンは再び供物台の干し魚をくわえて、もぐもぐとご機嫌な様子。

「……あの子なりに、元気づけようとしてるんだろうけど……もうちょっとこう、なんとかならないかな……」

 

ようやく一息ついたファナは、ソファに座るメルの隣に腰を下ろした。

しばらく沈黙が流れたあと、ぽつりと漏れた声は、ふとした風のように小さかった。

 

「ねえ……わたしって、ほんとうに“神様”なのかな……?」

 

メルは一瞬だけ視線を伏せた。

そして、ファナの手元にあるカップが空であることを確認しながら、そっとお代わりを注ぐ。

「違うよ」

静かな、けれどはっきりとした声。

「君は、君だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「……」

「でも──君の優しさに救われた人からすれば、君は“神様のような存在”かもしれないね」

 

紅茶の香りがふわりと広がる。

「それを“神”と呼ぶか、“友達”と呼ぶか、“希望”と呼ぶかは──その人次第さ」

 

ファナは、うつむいたまま、少しだけ口元をゆるめた。

「……なんかずるい答え」

「褒め言葉だと、受け取っておくよ」

言葉を交わしたあと、二人は静かにティーカップを合わせた。

ティン、と小さな音が響く。

 

***

 

夜。

 

布団に横になったファナの胸の上に、いつものようにファニャンがトテトテと登ってくる。

「……今日はありがとね。ネズミは……ちょっとあれだったけど」

 

ファニャンはお構いなしにゴロゴロと喉を鳴らしながら、胸の上でくるんと丸くなる。

重さと温もりと、心地よい振動。

「……ほんと、君がいると救われるよ」

 

ファナは目を閉じ、そっと撫でた。

 

遠く、外では風鈴が小さく鳴っていた。

何の音もない夜。誰にも見られない時間。

けれど確かに、ここには“本当の救い”があった。

 

挿絵(By みてみん)

 

──神とはなにかと、誰かが問うた。

答えは、布団の上に丸くなっていた。

──記録『雷来々抄』猫信篇より

 

そして夜は静かに更けていく。

銀猫と、黒猫と、そして一杯の紅茶の香りと共に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ