神社のお手伝いと、 ふしぎなお姉さん
「アルダシール様、おはようございます。本日は美味しい木の実と山の幸をたくさん持ってまいりましたぞ」
朝の陽光が新居の庭を照らす中、明るい声が響いた。
幣立神社のお爺さん神主と若者たちが、大きな竹籠をいくつも抱えてやってきたのだ。
「これは神主様。いつもお気遣いいただき、ありがとうございます」
アルダシールが庭から歩み出ると、訪れた者たちは嬉しそうに深々と頭を下げた。
「いいえ、お世話になっているのは我らの方でございます。先日の街道整備のおかげで、参拝に来る者たちの足元が大変軽くなりました」
「お役に立てたなら何よりです。ところで皆様、何か困りごとでもおありですか」
アルダシールが尋ねると、神主は少し困ったような顔をして髭を撫でた。
「実は境内の奥にある古い納屋の柱が、先日の雨で傾いてしまいましてね。我らではどうにも直せず、困り果てていたところなのです」
「納屋の修繕ですか。お安い御用ですよ。ちょうど今日は時間があります。今から伺いましょう」
「本当でございますか。おお、ありがたや」
「パパ、ぼくもお手伝いに行くよ」
家の中からアルスが元気に飛び出してきた。
「まあアルス、邪魔をしてはダメですよ」
メイファが引き止めようとするが、アルスはすでに靴をしっかり履いている。
「大丈夫だよママ。ぼく、力持ちだから」
「ははは、頼もしいな。ではアルス、一緒に来て道具を運ぶのを手伝っておくれ」
「はい」
嬉しそうにはしゃぐアルスを見て、訪れた者たちは感動の面持ちで顔を見合わせた。
「なんと健やかなお子様。神の血を継ぐ若君が手伝ってくださるとは、光栄の極みでございます」
「いえいえ、ただの元気な男の子ですよ」
メイファは微笑みながら、出かける二人を見送った。
幣立神社の境内に到着すると、奥の木立の中に年季の入った立派な木造の納屋が立っていた。確かに屋根の片側がわずかに沈み込み、太い柱が歪んでいる。
「これは大きな丸太を新しい支柱として差し替えねばなりませんね」
アルダシールは用意されていた太い木材を見下ろし、腕まくりをした。
「我ら四人がかりで運ぼうとしたのですが、びくともしなくてですね」
若者たちが申し訳なさそうに言うと、アルダシールは笑顔で頷いた。
「では、私がこちらを持ち上げます。皆様は古い柱を外す準備をお願いします」
アルダシールは屈み込み、大人が抱えきれないほど太い丸太の端を両手で掴んだ。
フッと短い息を吐くと、大人十人がかりでも動かせぬほどの太く重い木材が、まるで軽い竹筒のようにふわりと持ち上がった。
「ひいっ、たった一人で」
「相変わらず信じられぬ力だ」
目を見開いて固まる人々の横で、アルスが楽しそうに声をあげた。
「パパ、すごい。ぼくも下から支えるよ」
アルスは小さな手を丸太の下に差し込むと、むぎゅっと力を込めた。
「おお、アルス。助かるぞ」
「うん、軽いよパパ」
なんと、まだ九歳にも満たないアルスが、大人が総出で運ぶような丸太の重量を、小さな両手で平然と支えているのだ。
神社の人々は腰を抜かしかけた。
「あ、あの小さな手で、あの巨木を支えているぞ」
「もしや幼くして、すでに神の力をお持ちなのか」
震え上がる人々に対し、アルダシールは汗を拭いながら呑気に笑った。
「いやあ、アルスはいつも山の中を走り回っていますからね。足腰が鍛えられて、すっかり力持ちになりました」
「山を走るだけで、あのような芸当ができるようになるとは思えませんが」
「子どもの成長は早いものですね」
アルダシールは少しも怪しむ様子なく、手際よく丸太を歪んだ部分へ差し込んでいった。
作業は順調に進み、今度は屋根の瓦と板を整える工程に入った。
「アルダシール様、高所の作業はお気をつけを」
神主が梯子を支えようとしたその時であった。
「はい、道具を持って上がったよ」
明るい声が頭上から聞こえた。
見上げると、いつの間にかアルスが納屋の高い屋根の上にちょこんと座っていたのだ。
「えっ、いつの間に。梯子も使わずに」
若い神職が叫んだ。
アルスは地面から一跳びで、高い屋根の上までふわりと跳躍してみせたのだった。
「アルス、屋根の上は滑るから気をつけなさい」
アルダシールは屋根の上で金づちを受け取りながら、いつもの調子で声をかける。
「大丈夫だよパパ。木の上よりずっと平らだから滑らないよ」
「そうか。ではあちらの釘を取ってくれ」
「はい」
屋根の上を猫のように軽やかに駆け回るアルスを見て、神社の人々は拝むように手を合わせた。
「身のこなしが完全に天狗のそれだ」
「まさしく神の御子。素晴らしい」
二人の息の合った作業により、傾いていた納屋は見事に真っ直ぐ修復されたのだった。
「本当にありがとうございました。これで今年の冬も安心でございます」
神主たちは深々と頭を下げ、お礼として籠いっぱいの干し柿や新鮮な山の恵みを手渡した。
「お役に立ててよかった。アルス、帰ろうか」
「パパ、ぼくね、裏の綺麗な花が咲いてる小道を通って帰りたい」
「そうか。では気をつけて帰りなさい。パパはこの荷物を先に家へ運んでおくよ」
「はい、後でね」
アルスは手作りの木箱を大切に抱え、神社裏の静かな山道へと走っていった。
木々が青々と茂り、木漏れ日が揺れる静寂の小道。
赤や白の小さな花が咲き誇る木陰に差し掛かった時、ふっと甘く爽やかな風が吹き抜けた。
アルスが足を止めると、目の前の花畑の中に、一人の人物が立っていた。
それは見たこともないほど美しい、輝くような衣を纏った天女のようなお姉さんだった。
透き通るような白い肌と、星のように深い瞳。どこか遠い星の向こうから来たような、神秘的な雰囲気を纏っている。
普通の人なら息を呑んで動けなくなるような神々しさであったが、アルスは親しみやすい笑顔を向けた。
「わあ、綺麗なお姉さん。君もこのお花を見に来たの」
美しい女性は、優しく目元を緩めた。
その唇がそっと動き、アルスだけに聞こえる鈴の鳴るような澄んだ声が響いた。
「可愛い坊や。元気に大きくなっていますね」
女性はアルスの前でそっと屈み込むと、温かい手でアルスの頭を優しく撫でた。
その手に込められた愛おしさに、アルスは胸の奥がポカポカと温かくなるのを感じた。
「お姉さん、ぼくのこと知ってるの」
「ええ、よく知っていますよ。あなたのお父様も、お母様も、あなたが元気に育つことを何よりの宝と思っています」
「うん、ぼく、パパとママが大すき」
「ふふっ、良いお返事ですね」
女性は立ち上がると、愛おしそうにアルスを見つめた。
「わたしは少し遠くへ旅に出ます。けれど、いつでもあなたたちのことを見守っていますからね」
「旅に出ちゃうの。じゃあ、また会える」
「ええ、必ずまた会いましょう。可愛いアルス」
女性が優しく微笑み、衣の袖をふわりとひるがえした瞬間、強めの風が駆け抜けた。
色鮮やかな花びらが舞い上がり、アルスは一瞬だけ目を細めた。
風が収まり、目を開けたときには、もうそこには誰もいなかった。
ただ、爽やかな花の香りだけが、静かにその場に残されていた。
「天女様。また新しいお友達ができちゃった」
アルスは嬉しそうに胸を躍らせ、大切なお友達との出会いを心の中にそっとしまい込んだ。
「パパ、ママ、ただいま」
夕焼け空の下、アルスは元気に家へと走っていった。
玄関で出迎えたメイファが、アルスの輝くような笑顔を見て優しく微笑んだ。
「お帰りなさいアルス。なんだかとても楽しそうね。良いことでもあったの」
「うん。すごく綺麗なお姉さんに頭を撫でてもらったの。また会おうねって言ってくれたよ」
「まあ、神社の方でしょうか。アルスは本当に誰からも愛されますね」
「ははは、お手伝いを頑張ったから褒められたのだな。偉かったぞアルス」
アルダシールも満足そうに頭を撫でてくれた。
両親の温かい手に包まれながら、アルスは美味しい夕食の匂いが満ちる我が家へと入っていった。
遠くの山並みの向こうへ、夕日が静かに沈んでいく。
幣立の穏やかな日常は、人々との温かな絆を深めながら、今日も優しく過ぎていくのだった。




