家族みんなのゆめのマイホーム〜自家製の温泉とふわふわのおふとん〜
幣立の深い森に聳え立つ太い大黒柱を中心として、家屋の建造は次の段階へと進んでいた。
ただ大きな一つの部屋があるだけの掘っ立て小屋ではない。これから家族が長く快適に過ごし、互いの暮らしを尊重するための丁寧な部屋割りが必要であった。アルダシールは手作業で割った厚い木の板を隙間なく並べ、家の中を幾つかの部屋へと見事に仕切っていった。
アルダシールとメイファのための寝室、食卓を囲む広々とした広場、そしてもうすぐ九歳を迎える息子のアルスのための専用の部屋。
「パパ! ここ、僕の部屋にしていいの!?」
区切られた一角を見つめ、アルスが飛び跳ねんばかりに瞳を輝かせた。
「そうだとも、アルス。お前ももうすぐ九歳だ。自分だけの空間で本を読んだり、大切なものを保管したりする場所が必要だろう。この部屋はお前のものだ」
アルダシールが微笑んで頭を撫でると、アルスは「やったあ!」と歓声をあげた。アルダシールはさらに時間をかけ、木の丸太から削り出した小さな机と、棚をアルスの部屋へと作り付けた。アルスは大喜びで、地底世界で手に入れた思い出の品や、森で拾った綺麗な小石をさっそく棚へ並べ始めた。自分だけの秘密基地が出来上がったかのような誇らしげな顔つきに、親たちの胸も温かくなるのだった。
家づくりが一段落した頃、さらなる大きな恵みがもたらされた。
家屋から少し離れた裏手の岩場を探索していたアルダシールは、岩の割れ目からモコモコと立ち上る白い湯気に気づいたのだった。足を進めると、そこには滔々と湧き出る清らかな温湯、すなわち源泉が存在していた。
試しに指を浸してみると、肌を心地よく包み込むような絶妙な温かさであった。
「あなた、これは温泉ではありませんか!」
駆けつけたメイファが驚きの声をあげる。かつて波斯や大陸の古い言い伝えでも聞いたことがあるように、大地から湧き出る温泉には病や体の疲れを癒やし、命を養う不思議な天の恵みが宿っている。
「これほどの良湯がすぐ近くにあるとはな。よし、この湯を家の中まで直接引き込もう」
アルダシールの発想に、メイファもアルスも目を丸くした。
アルダシールは近くの竹林から太く真っ直ぐな竹を切り出し、縦に割って中の節を一つひとつ丁寧に削り落とした。それらを幾本も繋ぎ合わせ、見事な竹樋を作り上げたのだった。源泉から流れる温かな湯は、竹の道を滑るように伝い、家屋の一角に新設された木造の広い風呂桶へと注ぎ込まれた。
削り立ての木枠から立ち上る湯気と香ばしい木の匂い。流れる湯の音が静かに響き、家の中に極上の自家製温泉が完成したのだった。
「すごいよパパ! 家の中でお風呂に入れるなんて、夢みたいだ!」
湯船に浸かったアルスは、温かな湯に顔をほころばせ、水しぶきを上げて喜んだ。
「ええ、体の芯まで温まりますわ。長旅の疲れが吹き飛んでいくようです」
メイファも湯に肩まで浸かり、極上の表情で息を吐き出した。波斯から逃れて以来、これほど心身ともに解放される湯あみを経験したことはなかった。アルダシールも二人の隣に腰を下ろし、湧き出る温泉のありがたさを静かに噛みしめた。
さらに、生活の質を高めるための家具や寝具づくりも進められた。
アルダシールとアルスは、川辺や湖畔に集まる水鳥たちの抜け落ちた柔らかい羽毛を、根気よく大量に集めてまわった。メイファはその羽毛を御神水で何度も綺麗に洗い、お日様の光にあててカラリと乾燥させた。
ふんわりと膨らんだ無数の羽毛を、しなやかにとなめした獣の皮と布の中にたっぷりと詰め込み、しっかりと縫い合わせる。
こうして出来上がったのは、空気を含んでどこまでも軽い、ふかふかの羽毛布団であった。
手触りを確かめたアルスは、布団の上にダイブするように体を預けた。
「うわあ! 雲の上にのっているみたい! すごく柔らかくて暖かいよ!」
「これなら寒い冬の夜が来ても、凍えることなく温かく眠れますね」
メイファは満足そうに微笑み、手作りの丸太テーブルや頑丈な木製椅子、収納用の大きな棚を順に整えていった。
単なる避難場所であった建物は、手作りの家具と温かな生活道具で満たされ、完璧な「家族のマイホーム」へと姿を変えたのである。
その日の夜、我が家で過ごす最高の時間が訪れた。
自家製の温泉でしっかりと体を温めた三人は、メイファが作った温かい料理を新しい食卓で囲み、笑顔で語り合った。湯上がりで頬を赤く染めたアルスは、満腹になると自分の部屋へと向かった。
「パパ、ママ、おやすみなさい! 僕の部屋で寝てくるね!」
「おやすみ、アルス。良い夢を見るのだぞ」
アルダシールが見送ると、アルスは自分の部屋のふかふか羽毛布団に包まれ、ものの数分で心地よい寝息を立て始めた。
広場に残ったアルダシールとメイファは、静かに寄り添い合いながら、温かなお茶をすすった。
「あなた、本当に素晴らしいお家を作ってくださいましたね。自分の部屋ができて、アルスもあんなに嬉しそうで……」
メイファは夫の肩にそっと頭を預けた。
「俺だけの力ではない。お前が羽毛を洗い、食事を作り、家の中に温かな命を吹き込んでくれたからだ。この家があれば、どんな厳しい季節が来ても大丈夫だ」
アルダシールはメイファの華奢な身体を力強く抱き寄せた。
「これから先、この家にたくさんの新しい命が増えていく。部屋が足りなくなれば、俺がいくらでも板を割り、新しい部屋を増築しよう。何人子供が生まれても、全員を温かく包み込める大きな家にしていこう」
アルダシールの言葉に、メイファは頬を染めながら嬉しそうに頷いた。
窓の外からは、夜の森を抜ける清々しい風が吹き込んでいた。その風の中には、九尾の狐、銀華の温かな気配が混ざり込んでいた。完成したばかりのマイホームを、そして幸せそうに眠る家族の姿を、銀華もまた優しく見守ってくれているのだった。
温かな温泉の温もりが体に残り、ふかふかの寝具が命を包み込む。
明日もまた、この幣立の森で、家族の笑顔あふれる幸せな一日が始まっていく。




