謎めく巫女が語る古文書の真実と己が血脈の奇妙な一致に驚愕!
深い霧が立ち込める人吉の隠れ里は、かつての乾いた静寂が嘘のように、人々の歓喜と笑い声で満ち溢れていた。
畑の乾いた土は瑞々しく潤い、村の中心にある井戸からは透き通った水が勢いよく汲み上げられている。生き返った水路を流れる水の音が、心地よい音楽のように里全体に響き渡っていた。
広場では、ささやかながらも心温まる歓迎の宴が開かれていた。
「さあ、お前様たち、これしかありませんが、どうぞたくさん食べてください」
里の長が、かろうじて残っていた貴重な山菜や、水路から獲れたばかりの新鮮な川魚の塩焼きを、これでもかとアルダシールたちの前に並べた。
「わあ、美味しそう。パパ、ママ、これ食べていいの」
「ええ、たくさんお食べ、アルス」
メイファが微笑みながら、魚の身を優しくほぐして息子の皿に分けた。
アルスは嬉しそうに魚を頬張ると、すぐに里の同世代の子供たちに囲まれた。最初は旅の異邦人を恐れていた子供たちだったが、今ではアルスを水をもたらした偉大な英雄として慕い、泥まみれになりながら広場を元気いっぱいに駆け回っている。
その賑やかな光景を、メイファは愛おしそうに見つめていた。彼女はアルダシールの逞しい腕にそっと手を添え、優しく語りかけた。
「あなた、本当に良かったわね。人々が笑顔を取り戻す姿を見るのは、こんなにも心が満たされるものなのね」
「ああ。俺たちの力も、誰かの涙を止めるために使えるのだと、我が子が教えてくれたな」
アルダシールが我が子の走る姿に目を細めると、メイファはさらに体を寄せて、静かに将来の夢を語った。
「ええ。いつか、私たちが静かに暮らせる新しい家を見つけたら、毎日をこういう温かい笑い声でいっぱいにしたいわ。たくさんの子供たちを育てて、にぎやかな家族を作る。それが、私のこれからの夢よ」
「必ず、その夢を叶えよう。俺のこの命に代えても」
アルダシールは最愛の妻の言葉に、力強く頷いた。
宴が夜更けを迎え、周囲が静かな川霧に包まれた頃、里の長が神妙な面持ちでアルダシールたちに近づいてきた。
「お前様たち、実は、里の奥に鎮座するお社の巫女様が、是非ともあなた方にお会いしたいとおっしゃっているのです。この地を救ってくれた救世主に、どうしてもお伝えしたいことがある、と」
アルダシールとメイファは顔を見合わせ、その誘いを受けることにした。
里の背後にそびえる、深い森に囲まれた古びた社。
その薄暗い本殿の奥で待っていたのは、御年百歳を超えるという、全身からただならぬ気配を放つ老巫女だった。その目は白く濁り、すでに光を失っているようだったが、三人が足を踏み入れた瞬間、鋭い視線をその方角へと向けた。
「よくぞ参られました、西の果てより舞い戻りし勇者の一族よ」
老巫女のしわがれた声が、静かな本殿に響き渡った。
「西の果てより舞い戻りし、とはどういう意味だ」
アルダシールが尋ねると、巫女は神の力を宿したかのように、震える手で古い桐の箱から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、現代の文字とは異なる、幾何学的な奇妙な紋様、神代文字が並んでいた。
「我が里に、代々一子相伝で受け継がれてきた古文書にございます。すべての人類、すべての知恵の源流はこの極東の日本にあり、かつて五色の民が世界各地へと散っていった、と記されています。そして、遥かなる時を経て、役割を終えた西の聖者や勇者たちが、再びこの本源の地へと舞い戻り、土に還る。かつて北の地へ渡り、静かに息を引き取った聖者や、富山の山奥に消えた預言者のように、あなた方もまた、大いなる意思によってこの地へ引き寄せられたのです」
その言葉を聞いた瞬間、アルダシールとアルスの全身に、電流のような衝撃が走り抜けた。
「パパ、これって」
アルスが興奮した様子でアルダシールの服を引っ張った。
二人の脳裏に、かつて地底世界でレプティリアンたちと過ごした日々の記憶が、鮮明に蘇っていた。
地底の巨大な石碑に刻まれていた、古代地球の支配権を巡る天界の神々の戦いの記録。地球外の高度知的生命体とレプティリアンが、この惑星の覇権を争ったという壮大な叙事詩を、アルスはなぜか生まれつき読解することができた。その時、レプティリアンの長老は、少年の瞳を見つめてこう言ったのだ。
『お前たち親子の遠い血脈には、かつての神々の戦いを調和へと導く、大いなる意志が眠っている』
すべてが、一本の太い糸で繋がった。
アリアの中に眠っていた神話級の九尾の狐、銀華が、彼女の魂を連れて日本へと飛んだ理由。自分たちがこうして日本に惹かれ、サツマから北を目指していること。それは偶然の逃亡ではなく、オテントサマが創り出した世界の理、大いなる設計図に従って、本源の地へ里帰りさせられていたのだ。
「お前様たちの血脈には、世界を再び調和へと導く神聖な気配を感じます」
老巫女は濁った瞳でアルダシールをじっと見つめ、古文書の先を指差した。
「ここからさらに東。険しい分水嶺を越えた先に、五色の民が始まりの日に集い、世界の平和を祈ったという日本最古の聖地、幣立の地がございます。そこには、万物の調和を司る神々が眠っている。あなた方が目指すべきは、そこです。そここそが、旅の終わりであり、新たな始まりの地となるでしょう」
幣立。
その響きを耳にした瞬間、アルダシールの胸に、温かく、そして絶対に揺らぐことのない確信が満ち溢れた。
「幣立の地か」
アルダシールは静かに呟き、横に立つメイファの手を強く握り締めた。
地底で知った宇宙の理、そしてこの国に伝わる超古代の真実。すべてを受け入れた大男は、己と家族が安住すべき終の棲家がどこにあるのかを、ついに完全に見定めたのだった。三人は、古文書に描かれた約束の聖地を目指し、霧深き人吉の盆地を抜けて次なる東の山脈へと歩みを進める決意を固めるのだった。




