険しき火山を下り、将来の賑やかな家族像に思いを馳せる
硫黄の煙を吐き出す山頂を背にして、アルダシールたちは急峻な下り坂に足をかけた。
足元は非常に脆い。細かな火山灰と、かつて山が怒って吹き出したまま焼き固められた軽石が幾重にも重なり、一歩を踏み出すたびにザザッと音を立てて大きく崩れた。少しでも重心の置き方を間違えれば、そのまま鋭い岩が突き出た谷底まで真っ逆さまに滑り落ちていく危険な道のりだった。
アルダシールは、背負った大きな荷物の紐を締め直した。彼の身体は、かつてないほどに軽快だった。サツマの里で体に染み込ませた清らかな湧き水と、新鮮な川魚の滋味が、全身の筋肉に満ち満ちている。これほど足場の悪い急坂であっても、その巨体をしっかりと支え、少しの揺らぎも見せることはなかった。
しかし、肉体の軽さとは裏腹に、男の胸の内には冷たい鉛のような塊が居座り続けていた。
極孤星の呪い。
それは、どれほど強力な力を得ようとも、最も大切に思う存在を守り切れずに失ってしまうという、残酷な生まれ星の定めだった。胸の懐に忍ばせた、あの銀華の銀色に輝く美しい髪が、今も自分の肌を微かに刺激している。
お前の背中を追い、この地までやってきた。だが、俺が近づくことは、お前に新たな災いをもたらすのではないか。そして、今隣を歩むメイファや、愛しいアルスすらも、俺の宿命が引き起こす嵐に巻き込んでしまうのではないか。
そんな暗い自問が、男の思考の隅々まで黒く染めようとする。アルダシールは大きく首を振ってその雑念を振り払い、眼下に広がる広大な緑の森へと視線を移した。
霧島の険しい山肌を丸一日かけて下りきると、鼻を突く硫黄の臭気はようやく薄れ、周囲には瑞々しい広葉樹の青い葉が茂る森が戻ってきた。乾いた軽石の音に代わり、頭上からは小鳥たちのさえずりが聞こえ始める。
「パパ、あそこに水があるよ」
アルスが前方を指差した。大きな岩の隙間から、水晶のように透き通った冷たい湧き水が、小さな泉を作って溢れ出していた。
「よし、ここで少し足を休めよう」
アルダシールの言葉に、メイファも安堵の息を吐きながら草の上に腰を下ろした。旅の汚れで薄汚れた顔を泉の水で洗うと、冷たさが五臓六腑まで染み渡るようだった。
アルスは元気いっぱいに泉へ駆け寄り、冷たい水を両手で掬って勢いよく飲み干した。八歳になった彼の体躯は、同年代の子供たちを遥かに凌駕する頑強さを誇っている。
「おいしい。パパ、このお水、サツマの里のお水みたいに冷たいね」
「ああ、山が育てた良い水だ。これで少しは歩く元気が戻ったか」
アルダシールが息子の短い髪を優しく撫めると、アルスは誇らしげに胸を張った。
「僕、まだまだ全然歩けるよ。だって、僕はお兄ちゃんだからね」
「お兄ちゃん? あなたには、まだ弟も妹もいないでしょう」
メイファが不思議そうに首を傾げると、アルスは真剣な表情で両手を握り締めた。
「今はいないけど、これからたくさんできるかもしれないでしょう。もし僕に弟や妹ができたら、僕が一番強いお兄ちゃんになって、魚の捕り方や森での歩き方を全部教えてあげるんだ。悪い奴が来たら、僕が大きなパンチでみんなやっつけて、絶対に守ってあげる」
その無邪気で力強い言葉は、メイファの胸を優しく震わせた。彼女はアルスを愛おしそうに引き寄せ、その小さな肩を優しく抱きしめた。そして、少し照れくさそうに笑いながら、夫であるアルダシールの方を見上げた。
「にぎやかな家になるのも、とても素敵ね。いつか、この長い旅路が終わって、静かで安全な場所に落ち着くことができたら、たくさんの子供たちの笑い声で満ちた、そんな温かい温もりの中で暮らしたいわ。あなたとなら、きっとそんな日々が作れると思うの」
メイファの瞳には、一切の迷いも恐怖もなかった。彼女は、アルダシールが背負う極孤星の暗い影をすべて承知の上で、それでもなお、彼との温かい未来を心の底から信じていた。
「メイファ」
アルダシールは、彼女の言葉と眼差しに、救われるような心地がした。己の血脈がどれほど不吉な宿命を宿していようとも、目の前にあるこの愛を、そして約束された温かい未来を、自分の手で掴み取らなくてどうする。
「ああ、約束しよう。必ず、お前たちが心から安らげる終の棲家を見つけ出す。そして、たくさんの子供たちに囲まれて、毎日が笑い声で溢れるような、世界で一番温かい家庭を築こう」
大男は静かに、しかし鋼のように固い決意を込めて微笑み返した。
それから三人は、さらに北へと旅を続けた。
ヤマトの朝廷が敷く警戒の網を巧みに避けながら、誰も通らないような深い獣道を分け入り、険しい国境の山々を幾日も越えていった。
そしてある朝、切り立った尾根の頂に達した一行の眼前に、息を呑むような情景が広がった。
四方を険しい山脈に固く遮られた、巨大な平原。その中心には、網の目のように流れる幾本もの川があり、立ち上る濃い霧が、大地全体を真っ白な毛布のように深く包み込んでいた。
人吉盆地。
そこは、サツマと肥後の国境に位置する、世俗から切り離された独特な閉鎖空間だった。山に囲まれたその土地は、ヤマトの支配が及びにくい反面、一度足を踏み入れれば容易には抜け出せない、迷宮のような重苦しさを漂わせている。
「ここを抜ければ、その先へと道が続いているはずだ」
アルダシールは、深い川霧の底を見つめながら呟いた。
この不気味な霧の向こうに、自分たちが安住すべき聖域があるのか、それとも新たな脅威が待ち受けているのかは分からない。しかし、銀華が遺した一筋の光を追い、そして最愛の家族と誓った温かい未来を手に入れるため、大男は二人の手を引き、静かにその白い深淵へと歩みを踏み出していくのだった。




