呪詛に操られたヤマトの兵たちを、我が子が容赦ない攻撃でまとめて吹き飛ばして無双するんだが?
「おいおい、冗談じゃねえぞ。あの生気のない目を見ろ。まともな人間の軍勢じゃねえ」
シャープールが愛用の大斧を構えながら、粉砕された木の柵の向こうから押し寄せる軍勢を睨みつけた。
ヤマトの大鎧を身にまとった兵たちは、松明の明かりに照らされながらも、その肌はどす黒く変色し、傷口からは血の代わりにどす黒い霧が噴き出している。彼らが手にする太刀や槍の刃先には、雲南の地底遺構で見たものと同じ、肉を腐らせる呪詛の毒がべっとりと塗られていた。
「シャープール、下がりなさい。彼らはすでに魂を奪われ、動く屍と化している」
アルダシールが重厚な直剣を引き抜き、最前線へと踏み出す。
「メイファ、アルスを任せる。決して奴らの刃に触れさせるな。あの毒は防具をも容易く溶かす」
「分かっているわ。アルス、私のそばから離れては駄目よ」
メイファは二振りの短剣を逆手に持ち、低く身を構えた。その視線は、ヤマトの兵たちの隙間のない密集陣形を的確に捉えていた。
「ウオオオオオン」
その時、阿多の頭領が地を揺るがすような咆哮を上げた。赤と黒の木盾を激しく叩き鳴らしながら、戦鬼たちが一斉にヤマトの軍勢へと突撃していく。彼らは敵の呪詛の刃など微塵も恐れていない。むしろ、その刃に自らの肉体を切り裂かれながらも、歓喜の笑みを浮かべて太刀を振るい、敵の頭部を叩き割っていく。その死を恐れぬ圧倒的な殺気と狂気は、西の果てから来たアルダシールたちさえも一瞬気圧されるほどの生々しさを持っていた。
「なんて凄まじい戦い方をする連中だ。これがヤマトに従わぬ戦鬼の実力か」
シャープールが感嘆の声を上げながら、正面から迫り来るヤマトの槍兵に向かって大斧を振り下ろした。放たれた一撃は、槍の柄ごと敵の胴体を叩き潰し、黒い霧を周囲に撒き散らす。
「アルダシール、このままじゃ阿多の連中に良いところを全部持っていかれちまうぞ」
「競い合っている場合か。数が多すぎる。奴らは痛覚を持たない。確実に首を落とすか、再生できぬほどに叩き潰さねば止まらん」
アルダシールは直剣を鋭く突き出し、迫るヤマトの盾兵の防陣を正面から打ち破った。放たれた一撃は、鉄製の兜ごと敵の頭部を原型を留めぬほどに粉砕し、そのまま後方の兵たちをも巻き込んで背後の地面へと叩きつける。
だが、倒れてもなお、呪詛に操られた兵たちは不気味な軋みを上げて立ち上がろうとする。
「パパ、ママ、僕もやっていい。パパの言った通り、二人の近くから離れないから」
アルスが小さな拳を握り締めながら、目を輝かせて両親を見上げた。
「アルス、向かってくる奴らの動きは見えるか」
アルダシールが剣を振るいながら問いかける。
「うん、とっても遅く見えるよ。あのおじさんたちが持ってる槍、なんだか黒い煙が出ていて気持ち悪いから、触らないように遠くへ飛ばしちゃうね」
「よし、行け。ただし、絶対に無理はするな」
「はーい」
無邪気な返事とともに、七歳の少年が火山灰の地面を強く蹴った。
その瞬間、大気が爆発したかのような激しい衝撃波が広場を駆け抜けた。アルスの小さな身体が、一瞬でヤマトの密集陣形の真っ余中へと飛び込んでいく。
「ウジ、ワラベ、退け」
ヤマトの兵たちを率いる大柄な歩兵が、アルスに向けて太刀を振り下ろそうとした。
しかし、それよりも早く、アルスの小さな手のひらが敵の鎧の胸当てに触れた。
触れた、という表現すら生ぬるい。それは、大陸の西の果てより流れる頑強な血脈の質量をそのまま一点に凝縮し、超高速で叩きつけたような、絶対的な圧力の顕現であった。
肉体から骨が消失するような重苦しい音が響く。
アルスの拳が触れたヤマトの兵は、防具ごと胸を完全に陥没させられ、後方へ向かって弾け飛んだ。それだけにとどまらず、その身体は凄まじい勢いの弾丸と化し、背後に控えていた十数人の兵たちを巻き込みながら、里の境界の岩壁へと激突した。岩肌に叩きつけられた兵たちは、肉体としての形を保つことすら許されず、一瞬で黒い煤へと変わって霧散していく。
「おいおい、相変わらずとんでもない力技だな、あの小僧は」
シャープールが戦いながらも呆れたように笑う。
「七歳のガキが放つ重さじゃねえぞ。あれじゃあ、ヤマトの頑丈な大鎧もただの薄い紙切れと同じだな」
「アルス、左側からもう一隊来ているわ。油断しないで」
メイファが声を張り上げると同時に、アルスの背後から五人のヤマトの槍兵が同時に襲いかかった。呪詛の毒を帯びた刃が、少年の小さな背中を貫こうと迫る。
「当たらないよ」
アルスは振り返ることもなく、地面に落ちていた阿多の頑丈な赤黒い盾を拾い上げた。
そして、それを自らの身体を軸にして、大独楽のように激しく回転させながら周囲へと振り回した。
少年の規格外の怪力によって振り回された盾は、もはや防具ではなく、あらゆるものを圧殺する凶悪な質量兵器と化していた。
鋭い風圧とともに放たれた一撃は、迫り来る槍の刃を容易くへし折り、それを構えていた兵たちの腕ごと胴体を真横から薙ぎ払った。衝撃を受けたヤマトの兵たちは、触れた瞬間に原型を留めぬまま、嵐に吹き飛ばされる枯れ葉のように遥か遠くの原生林の奥へと弾け飛んでいった。
「す、凄いな、あの子供は」
近くで戦っていた阿多の戦士たちが、アルスの圧倒的な無双ぶりに戦い手を止め、驚愕の声を漏らした。
頭領の男もまた、返り血を浴びた顔でアルスを見つめ、興奮したように激しい咆哮を上げる。彼らにとって、強さこそが絶対の正義であり、この目の前で繰り広げられる圧倒的な蹂躙劇は、彼らのなかに眠る戦鬼としての本能をこれ以上ないほどに刺激していた。
「パパ、ママ、これでもうおしまい」
アルスは拾い上げた盾を軽々と地面に置き、呼吸一つ乱さずに微笑んだ。少年の周囲には、数十人ものヤマトの兵たちがいたはずだが、今やその姿はどこにもなく、ただ地面にどす黒い煤と歪んだ鎧の破片が散らばっているのみであった。
「いや、まだ終わってはいない」
アルダシールが直剣を強く握り直し、壊された里の入り口のさらに奥、深い原生林の闇を見つめた。
アルスが作り出した静寂を切り裂くように、森の奥からさらに濃厚な、そしてこれまでとは比べものにならないほどに禍々しいどす黒い霧が、地を走るようにして里へと流れ込んできた。その霧が触れた周囲の草木は、一瞬で生命力を奪われ、白く枯れ果てていく。
「あなた、この気配。これまでの兵たちとは明らかに格が違うわ」
メイファが短剣を構え直し、夫の隣へと並ぶ。
霧の向こうから、ゆっくりとした足取りで一人の男が姿を現した。
その男は、ヤマトの将が身にまとう極上の金色の漆塗りの大鎧を着ていたが、その顔は不気味な鉄の仮面で覆われていた。仮面の隙間から覗く瞳は、血のように赤く輝いており、その背後には、安禄山の側近や雲南の地底で遭遇したあの呪詛の核心が、巨大な影となって蠢いていた。
「異邦の泥犬、阿多の這い虫が、同じ檻で群れているか」
鉄の仮面の奥から、地底から響くような不気味な声が放たれた。男が腰の太刀を静かに引き抜くと、その刃から放たれる圧倒的な殺気によって、火山灰の舞う里の空気が完全に凍り付いた。
遥か波斯の地から始まった血脈の旅路は、このヤマトの呪詛の将との遭遇によって、さらなる死闘へと突入しようとしていた。




