宴の最中に頭領からヤマトの不穏な動きを聞かされていたら、本当に里の境界が破られて敵の急襲を受けた
熱く燃え盛る焚き火の粉が、黒い夜空へと吸い込まれていく。
隼人の頭領から注がれた濃厚な地酒を干したシャープールが、ふと真面目な顔になり、空になった杯を地面に置いた。
「おい、頭領。さっきお前さん、この地を脅かす敵のことをアサティと言ったな。それは具体的にどういう奴らなんだ。俺たちが乗ってきたような巨船で海から来るのか、それとも陸から押し寄せてくるのか」
頭領の男は、酒の勢いで赤くなった顔を急に引き締め、厳しい口調で短く応じた。
「ヤマトだ。奴らは、ヤマトと名乗る」
その言葉が頭領の口から漏れた瞬間、アルダシールは杯を持ったまま完全に動きを止めた。彼の脳裏に、かつて遥か西の大陸を旅していた頃に耳にした、古い伝承の響きが鮮烈に蘇ったからである。
「ヤマト、だと。いや、その発音は、私がかつて西の果て近くで聞いた、あの騎馬民族の言葉に酷似している」
「あなた、どういうことなの。ヤマトという名に、何か心当たりがあるというの」
メイファが夫のただならぬ様子を察し、鋭い目を向けて問いかける。
「ああ、間違いない。私が若き頃、黒海のさらに東、中央アジアの峻険な山々を越えた先にあるキルギスと呼ばれる高地に立ち寄った時のことだ。そこには、天を突くような大山脈の麓で、無数の馬を駆り、圧倒的な武力で周辺を従えていたヤウマトという強大な都市国家が存在していた」
「ヤウマト、それがこの国のヤマトと繋がっているというのか、アルダシール」
シャープールが髭を乱暴にむしりながら、身を乗り出してきた。
「ただの偶然の一致にしては話が出来すぎている。あのキルギスの乾いた大地を疾駆していた最強の騎馬民族が、時を経てこの極東の島国にまで流れ着き、新たな支配者として君臨しているというのか」
「その可能性は極めて高い。現に、この地の民が畏敬を込めて語る高天原という神々の故郷の描写は、私にはどうしても、あのキルギスにある、天に最も近いとされる果てしなき高地の大草原の光景と重なって見えてならないのだ」
アルダシールは深くため息をつき、手元の酒を見つめた。
「なんという宿命だ。私たちが逃れてきた波斯の地も、雲南の地底遺構も、そして今まさに目の前にある危機も、すべてはあの広大な大陸の西から東へと移動してきた血の鎖のなかに組み込まれている。ヤマトもまた、その大いなる移動の果てに生まれた、巨大な宿命の一部なのだ」
「だとしたら、あまりに過酷な現実ね」
メイファが周囲の闇を見据えながら、静かに、しかし冷徹な声で言った。
「私たちがどれほど遠くへ逃げようとも、結局は同じ根を持つ者たちの闘争の渦に巻き込まれる。この世界には、一本の逃れられぬ鎖しか存在しないということだわ」
「パパ、なんだか森の奥が変だよ」
それまで大人たちの話を静かに聞いていたアルスが、突然立ち上がり、原生林の闇を指差した。
少年の言葉に呼応するかのように、それまで宴の歌声に包まれていた隠れ里の空気が、一瞬で凍り付いた。鬱蒼と茂る木々の隙間から、無数の鳥たちが激しい羽音を立てて夜空へと飛び立っていく。
「何かが来るな。おい、頭領、敵のお出ましだぞ」
シャープールが叫ぶと同時に、里の境界を守っていた見張りの戦士が、広場へと転がり込んできた。彼の胸には、どす黒い液体が塗られた深紅の矢が深く突き刺さっていた。
「ヤマト、ヤマトの、ウジが、来た」
見張りの戦士はそれだけを告げると、激しく血を吐いてその場に倒れ込んだ。その胸の矢に塗られた液体の臭いを嗅いだ瞬間、メイファの顔色が変わる。
「この臭い、間違いないわ。雲南の地底で浴びた、あの肉を腐らせる呪詛の毒よ。ヤマトの軍勢は、あの地底の呪いを自らの兵器として取り込んでいるのだわ」
「ウオオオオオン」
頭領の男が、獣のような咆哮を上げて立ち上がった。彼は背中に回していた赤と黒の木盾を激しく叩き、周囲の戦士たちに迎撃の指示を飛ばす。瞬時に、宴の場は血を渇望する狂戦士たちの戦場へと変貌した。彼らは死を恐れる素振りなど微塵も見せず、むしろこれから始まる殺戮を喜ぶかのように、不気味な笑みを浮かべて武器を構える。
突如、里の入り口に設置されていた強固な丸太の柵が、凄まじい衝撃音とともに内側へと弾け飛んだ。木屑を撒き散らしながら現れたのは、ヤマトの精緻な大鎧を身にまといながらも、瞳に生気がなく、ただ機械的に武器を握り締める異形の兵たちの群れであった。彼らの身体からは、あの安禄山の黒い霧と同質の、禍々しい圧力が放たれている。
「やはり、ただの人間ではないな。呪詛に魂を売り渡した、ヤマトの戦鬼どもか」
アルダシールは背後から直剣を引き抜き、その重厚な刃を焚き火の光に反射させた。
「パパ、僕、あの壊された柵の代わりに、あいつらを全部叩き潰していい」
「ああ、アルス。ただし、私とママの目が届く範囲から絶対に離れるな。シャープール、船員たちをまとめろ」
「言われなくても分かってらあ。東シナ海を越えてここまで来て、こんなところでヤマトの木端に討たれてたまるかってんだ」
シャープールもまた、愛用の大斧を豪快に振り回し、最前線へと躍り出た。
火山灰の舞う隠れ里の夜が、松明の炎と、押し寄せるヤマトの軍勢の冷徹な殺気によって赤く染まっていく。遥か西のキルギスの高地から始まった血脈の旅路は、この日出ずる国の南端において、かつてない激しい衝突の火蓋を切ろうとしていた。




