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アルダシールと銀華~千年の時空を駆ける鬼と狐の恋物語  作者: 秋津ネオ


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規格外の我が子が南端の戦鬼たちを気圧した結果、なぜか最上級の客人として未知の集落へ招待されたんだが?

「パパ、この人たち、おもしろい盾を持ってるね」


 無邪気なアルスの声が、火山灰の混じる黒い砂浜に響き渡った。


 さきほどまで大気を激しく歪めるほどに膨れ上がっていた少年の圧力がすっと収まると、周囲を囲んでいた隼人の戦士たちの肩がびくりと震える。赤と黒の木盾を厳重に構えていた大柄な頭領は、驚愕に目を見開いたまま、自身の胸に拳を強く叩きつけた。小細工の通じぬ野生の本能が、目の前に佇むわずか七歳の幼子を、尋常ならざる本物の強者だと理解した証拠であった。


 「おいおい、アルダシール。完全に風向きが変わったぞ」


 巨船の船長シャープールが、豪快に髭を揺らしながら笑った。


 「あの頭領の目を見ろ。アルスの小僧が放った生々しい力に、完全に気圧されていやがるな。この海の男シャープール様を差し置いて、七歳のガキに惚れ込むとは、とんだ戦好きの集まりだ」


 「油断をするな、シャープール。あれは怯えの表情ではない」


 アルダシールは直剣の柄に右手を添えたまま、一歩も動かずに周囲の戦士たちを鋭い視線で睨みつける。


 「純然たる強者への敬意だ。だが、彼らの瞳の奥にあるものは尋常ではないぞ。戦そのものを生きる糧とし、死を恐れるどころか渇望しているような、剥き出しの狂気を感じる。言葉は通じなくとも、彼らが命を惜しまぬ死に狂いの兵であることは、この肌に伝わる圧力で理解できる」


 「あなた、あの盾に刻まれた幾何学文様をよく見てちょうだい」


 メイファが夫の袖を低く引きながら、短剣を握る手にぐっと力を込めた。


 「赤と黒の歪な斑点、そしてあの不気味に波打つような曲線。私たちが雲南の地底遺構で戦った、あの暗殺者たちが身にまとっていた呪詛の紋章とそっくりだわ。とても偶然の一致とは思えない」


 「何だと。雲南の呪いが、この日出ずる国の南端まで繋がっているというのか」


 アルダシールが視線を落とすと、確かに隼人の盾にある印は、大陸の南の山奥で目にしたものと酷似していた。西の果てから東の果てまで、一本の冷徹な鎖で繋がれたかのような宿命の重さに、彼の背筋が小さく凍り付く。


 「ウジ、アバ、カム」


 頭領の男が、重苦しい掠れた声で異国の言葉を発した。彼は自身の盾を素早い動作で背中へと回すと、砂浜の奥へと続く険しい原生林の山道を顎で指し示す。


 「おい、アルダシール。どうやらついてこいと言っているみたいだぞ。ここで拒否してまた一触即発になるのも馬鹿らしい。俺が少し交渉を試みてみる」


 シャープールは両手を広げて敵意がないことを示しつつ、片言の現地語と大がかりな身振りを交えて頭領に向き直った。


 「お前たち、俺たちの敵じゃない。俺たち、遠い西の海から大きな船で来た。怪しい者じゃない、分かったか」


 頭領の男は、シャープールの言葉の端々を理解したのか、あるいは彼らの態度から全てを察したのか、深く一度だけ頷いた。そして再び拳を胸に当ててから、黒い砂を踏みしめて森の奥へと歩き始めた。


 「パパ、行こう。なんだかあの人たち、楽しそうな場所へ案内してくれるみたいだよ」


 「ああ、アルス。お前は私の後ろを歩きなさい。メイファ、周囲の動きに目を光らせておいてくれ」


 「分かっているわ。いつでも動けるようにしておく」


 一行は日光を完全に遮るほどに鬱蒼と茂る山道を登り始めた。足元は火山灰が堆積して非常に滑りやすく、切り立った鋭い岩肌が各所に露出している。


 「ねえ、あなた。前を歩く戦士たちの足元を見てちょうだい」


 メイファが声を極限まで潜めながら、夫の耳元で囁いた。


 「この険しい傾斜を、彼らは音もなく登っていくわ。地面を捉える足の指の動かし方、重心の移動のさせ方。あれは、雲南の闇で私たちを執拗に追い詰めた、あの地底の暗殺者たちとまったく同じ特異な歩法よ」


 「確かに、無駄な揺れが一切ないな」


 アルダシールは自らも大きな足で岩を踏み越えながら、前方の戦士たちの動きを注視する。


 「朝廷に従わぬ最強の盾持ち一族と聞いていたが、その実態は大陸の奥地に眠る血脈と地続きなのか。なぜこれほどの戦鬼たちが、この東の最果ての島国に潜んでいるのだ」


 「おいおい、そんなに難しい顔をするなよ」


 シャープールが振り返り、白い歯を見せて笑う。


 「どんなに不気味な連中だろうが、俺たちの船を歓迎してくれるなら上客だ。それにほら、見ろよ。あの森の開けた場所が彼らの根城らしいぞ」


 鬱蒼とした原生林を抜けると、むき出しの岩壁に囲まれた広大な集落がその姿を現した。


 隠れ里に足を踏み入れた瞬間、メイファは思わず足を止め、小さく息を呑んだ。


 「そんな、まさか、ここまでの規模で息づいているなんて」


 「メイファ、どうした」


 「あなた、周囲の家々の柱を見てちょうだい。衣服に施された刺繍も、広場の中央に置かれたあの大きな祭具の飾りも、すべてが雲南の印だわ。あそこで木の実を拾っている子供たちの身のこなしさえ、あの地底遺構の連中の影を感じるわ」


 「信じられん。これほど遠く離れた異国の地で、同じ呪詛の紋章がこれほど溢れているとは」


 アルダシールは己の拳を強く握り締める。西の果て波斯の地から流れてきた己の血脈と、大陸の南の雲南を経て、この日出ずる国の南端に潜む戦鬼たちが、見えない鎖でがんじがらめに結ばれている。宿命という名の過酷な現実が、彼の胸に重くのしかかった。


 「おい、お前ら。驚くのはまだ早いぞ。あの頭領、俺たちにとんでもないものを紹介する気だ」


 先頭を歩いていたシャープールが、声を張り上げて集落の最奥を指差した。


 そこには、巨大な一枚岩を力任せにくり抜いて作られた、途方もなく古い祭壇が鎮座していた。頭領の男は誇らしげに両腕を広げ、暗がりに立つその祭壇の中央を示した。


 「イワ、カミ、トコシエ、オマエタチ、オナジ」


 頭領が不器用な言葉で告げた。その祭壇の中央に埋め込まれていたのは、奇妙に変色した古い石碑であった。


 「これは、どういうことだ」


 アルダシールが石碑の前に進み出ると、その表面に刻まれた意匠に完全に言葉を失った。


 「あなた、これって」


 メイファも短剣の柄から手を離し、呆然と石碑を見つめる。


 「信じられん。石碑の左側は、間違いなく俺たちの故郷、波斯の精緻な宮廷意匠だ。そして右側に刻まれているのは、あの禍々しい雲南の地底遺構の紋章。それが一つの石碑の上で、歪に混ざり合って深く刻み込まれている」


 シャープールが髭を引っ張りながら、驚愕の声を漏らす。


 「おいおい、波斯の同胞が過去にこの地まで辿り着いていたっていうのか。それとも、俺たちの血脈そのものが、大昔からこの隼人の連中と交わっていたとでもいうのか。これじゃあまるで、最初からここに導かれることが決まっていたみたいじゃないか」


 「イワ、カミ、トコシエ」


 頭領はもう一度同じ言葉を繰り返し、今度はアルダシールの胸にそっと手を置いた。その瞳には、血の滲むような真剣さと、数百年もの間、この地で何かを狂おしいほどに守り続けてきた戦鬼の誇りが宿っていた。


 「俺たちが歩んできた逃亡の旅路は、すべてあらかじめ敷かれた一本の道だったというのか。どれほど抗おうとも、この血の宿命からは逃れられんというのか」


 アルダシールが呟いた言葉は、火山灰の舞う集落の風の中に深く吸い込まれていった。



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