底なしの闇から吹く風が冷たすぎるので、かつての戦場に残された古い遺物を確認してみた
足元から吹き上げる風は、ただ冷たいだけでなく、どこか生き物の呼吸のような湿り気を帯びていた。
アルダシールは、一歩進むごとに岩肌を確かめるようにして、奈落の縁を下っていく。
「あなた、足元が見えづらいわ。気をつけて」
メイファがアルスの手を引きながら、慎重に言葉を紡いだ。彼女の瞳には、先ほど夫が口にした名前への複雑な想いがまだ残っていたが、今は目の前の険しい道を切り抜けることに集中しているようだった。
「ああ。二人とも、俺の足跡だけを踏んで来い」
アルダシールは短く応じ、直刀を握る右手にわずかに力を込めた。
先ほど鼻腔をかすめた、あの狂おしいほどの香りは、風が強まるにつれて周囲の闇へと拡散し、今はただの冷気に戻っている。だが、胸の奥のざわつきは収まるどころか、どんどん激しくなっていた。
「 おい。この場所は何だ」
アルダシールは前方を歩く白い鱗の幹部に声をかけた。
見上げるほどの巨大な亀裂のあちこちに、不自然に滑らかな、金属質の塊が岩に突き刺さっているのが見える。それは地底の技術とも、地上の建造物とも違う、異様な威圧感を放っていた。
「言ったはずだ。大昔の激突の残骸だとな」
幹部は振り返りもせず、淡々と応じた。
「お前たちが神話と呼ぶものの正体だ。上空から降ってきた異形どもが放った光の矢が、この大地の底をここまで深く抉り取った。あの金属の塊は、奴らが乗り捨てた鉄の舟の破片よ」
「鉄の舟、か。とんでもない規模の喧嘩だな」
アルダシールは冷や汗を拭いながら、その巨大な質量を見上げた。
理屈を超えた過去の遺物が、そのまま世界の歪みとしてここに放置されている。
「パパ、あそこ。何かが光ってる」
アルスが突然、アルダシールの衣服の裾を引っ張った。
少年が指さしたのは、鉄の舟の破片のさらに奥、完全に光が届かないはずの暗黒の空間だった。
そこには、ぽつんと、小さな白い炎のようなものが揺らめいていた。
いや、炎ではない。それは、まるで夜露に濡れた綺麗な毛並みが、微かな光を反射しているかのように見えた。
「アルス、動くな!」
アルダシールは直感を信じて叫んだ。
同時に、彼の胸の奥にある「鬼の性質」が、歓喜とも恐怖ともつかない咆哮を上げた。
あの白い光の向こうに、自分が千年の間、ずっと求めていた何かがいる。
「 待っていたぞ、アルダシール」
風の音に混じって、確かにそんな声が耳の奥に直接届いた。
それはメイファのものではない、もっと鋭く、そして切ない、女の声だった。




