世界を動かす大層な仕組みとやらに、一人の男の意地が真っ向から喧嘩を売った
直刀から放たれた白い霧が、長老の白い鱗を濡らしていく。
書庫の空気がジリジリと震える中、長老はただ静かに首を振った。
「宿命をねじ伏せる、か。地上を這う泡沫の命が、大きく出たものだな。その刻印は天の意思そのもの。逆らえば、お前自身の肉体が内側から焼き尽くされるぞ」
「焼き尽くされるだと?……上等だ」
アルダシールは鼻で笑い、直刀を構え直した。その目は、少しの揺らぎもなかった。
「俺はな、ずっと昔から、この体に流れる妙な熱が忌々しくて仕方がなかった。偏頭痛だの、訳の分からぬ渇きだの、一族の呪いだのと……。だが、今ならハッキリと分かる」
アルダシールは一度だけ視線を落とし、妻の腕の中にいるアルスを見た。少年の瞳から、あの異様な金色の光が、パパの熱気に気圧されるようにして消えかけていた。
「この熱は、世界を壊すためのものじゃない。俺が、あのひとに……『銀華』に出会うために、千年の時を超えて魂を繋ぐための道標だったんだ」
その名を口にした瞬間、アルダシールの胸の奥で、激しい火花が散った。
それは今この場所にいる家族への愛とはまた違う、魂の深層に眠る「鬼と狐」の原初の記憶。どれだけ時が流れ、姿形が変わろうとも、決して忘れることのなかった、ただ一人の愛しい存在との約束。
「銀華……」
メイファがその名を小さく呟いた。彼女の瞳には、嫉妬ではなく、夫の背中に宿るあまりにも巨大で切ない宿命への、深い畏敬の念が浮かんでいた。
「そうだ。俺の魂は、あいつと共にある」
アルダシールは再び長老を睨み据えた。
「天の意思だか、大昔の星の泥棒どもの都合だかは知らん。だが、そいつらが作ったシステムとやらに、俺たちの命も、この子の未来も、一歩たりとも譲る気は無い。リセットの引き金だと? 弾きたければ、その上空にいるアレが、自分で直接引きに来い。そのときは、この刃で眉間を叩き割ってやる」
「……狂気だな。天の理に挑もうというのか」
長老の傍らにいた幹部が、一歩前に出ようとした。だが、長老はそれを細い尾で制した。
「面白い。一千年の時を経て、ここまで歪んだ種が生まれるとはな。よかろう、地上の楔よ。お前たちがその青白い炎でどこまで進めるか、我ら観測者として見届けさせてもらおう」
「言われなくとも、止まる気は無い」
アルダシールは直刀をサヤに収めると、ようやく深く息を吐き、メイファの前に片膝をついた。その顔には、いつもの頑固で、どこか不器用な父親の笑みが戻っていた。
「待たせたな、メイファ。アルス、もう大丈夫だ。パパが来た」
「パパ……」
アルスは完全に正気を取り戻し、小さな手をアルダシールの大きな手のひらに重ねた。その肌は、もう異常な熱を帯びてはいなかった。
「さあ、行こう。この地底のさらに奥に、俺たちが決着をつけるべき場所があるはずだ」
アルダシールは立ち上がり、暗い通路の先を見据えた。千年の恋と、家族の絆。それを守るための本当の冒険が、ここから始まる。




