地底の禁忌書庫に連れていかれたら、五歳の息子が誰も読めない古代文字をスラスラ読み始めた
古い紙の匂いに、乾燥した薬草の香りが混じっていた。
メイファは、アルスの小さな手を強く握り直した。
通路の先は、天井が見えないほど高い円筒形の空洞だった。
壁一面に掘られた棚には、紙の本ではなく、無数の黒い金属板が整然と並んでいる。
中央には、一本の細い光の柱が、床から天井へとまっすぐに伸びていた。
その光の脇に、もう一人のレプティリアンが座っていた。
彼の鱗は、今までの者たちとは異なり、白磁のように白く乾いていた。
衣服の刺繍は擦り切れ、長い髭が床にまで届いている。
「よく来た、小さき楔よ」
白い鱗の長老の声は、乾いた砂が擦れ合うような音だった。
アルスは、メイファの手をすっと離し、光の柱へと歩き出した。
「アルス、だめよ、離れては」
メイファが声を潜めて呼び止めたが、少年は振り返らなかった。
アルスは、一枚の黒い金属板の前に立ち、小さな指先でその表面をなぞった。
「これ、知ってる。お空の上の、オテントサマのお話だ」
少年の口から出た言葉に、メイファの背筋が凍りついた。
白い鱗の長老は、細い指先を静かに組み替えた。
「読めるのか、その平民にはただの傷にしか見えぬ溝が」
「うん。文字が頭の中で、歌ってるみたいに聞こえるの」
アルスの指先から、再び微かな白い蒸気が立ち上り始めた。
その蒸気は、黒い金属板の表面に刻まれた、複雑な幾何学模様に吸い込まれていく。
金属板が、かすかにキィンと高い音を立てて震え、緑色の光を放ち始めた。
「アルス、戻りなさい」
メイファは一歩踏み出したが、足元が冷気で動かなかった。
「お母さん、大丈夫だよ。これ、僕たちの本当のお家のお話だから」
アルスは、金属板を見つめたまま、感情の無い声で言った。
「やはり、この血脈の記憶は、地上で消えてはいなかったな」
案内してきた幹部が、背後の影の中から冷たく呟いた。
白い鱗の長老の、虹色の膜に覆われた目が、妖しく光った。
「地上に落とされたササン朝の種が、一千年の時を経て、ようやく芽吹いたか」
「この子に、何をさせるつもりですか」
メイファは、我が子の背中に、見たこともない冷徹な影を感じていた。
「我らは何もせぬ。少年が、自らの遺伝子に刻まれたシステムを起動させているだけだ」
長老の細い尾が、床の黒い石を静かに撫でた。
アルスの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、彼らと同じ金色の光が宿った。
書庫全体の金属板が、少年の呼吸に合わせるように、一斉に低い唸りを上げ始めた。




