背後の爆風と血脈の支配
床面に敷き詰められた鉄板から立ち上る高熱の気が、空間全体の情景をゆらゆらと歪ませていた。
アルダシールは青白き光の膜を纏う欠けた刃を静かに構え直し、深く荒い息を吐き出した。掌の皮膚を通じ、鋼から伝わる鼓動のごとき脈動は速度を増し、全身の血流と同調して打ち鳴らされている。
向かい立つ猛者の胸元に刻まれた一筋の亀裂からは、粘り気のある黒き血がゆっくりと床へ滴り落ちていた。
しかし、赤き体表を持つその教官は、自らの傷痕へ視線すら送らなかった。
「地上の理を外れたか。だが、それは未だただの揺らぎに過ぎぬ」
教官の体表を覆う無数の鱗が、内側から燃え上がるように輝きを増していった。言葉の波動は空間の空気を重厚に震わせる。
アルダシールは柄を握る両手に力を込めた。
「揺らぎかどうか、もう一度確かめれば済むことだ」
「その慢心こそ、地上の人間が抱く最大の脆さよ」
言い終わるや否や、眼前にいた巨体の姿が、まるで幻影のごとく空間からかき消えた。
次の瞬間、アルダシールの背後で大気が破裂するような凄まじい風圧が吹き荒れた。
振り向く余白など存在しない。彼は身体の軸を鋭く捻り、己の感覚だけを頼りに青白き鋼を背後へと振り抜いた。
ガァンと高酷な衝撃が放たれ、両腕の骨格と筋肉を烈しく揺さぶる。
教官の太い尾が、繰り出された一閃を正面から完全に受け止めていた。
硬質な鋼と深紅の鱗が噛み合い、耳を劈くような高摩擦音が円形の壁面へ反響する。押し寄せる質量の前に、アルダシールの靴底は床の上を滑り、5歩、10歩と強引に後方へ押し出されていった。革底が摩擦の高熱によって焦げ、鼻を刺す不快な異臭が急速に立ち込める。
全身の筋組織が悲鳴を上げ、内なる血管が破裂せんばかりに沸き立つ。ササン朝の波斯より受け継がれた膨大なエネルギーが、一気に押し寄せて肉体へ過剰な負荷を叩きつけていた。
だが、アルダシールは病的な苦痛に怯みはしなかった。
唇を深く噛み切り、口内に広がる己の血の味を覚醒の糧として意識を研ぎ澄ます。内側から暴虐に暴れ回る全身体内エネルギーを、ただ抑え込むのではなく、己の強固な意志の力をもって力ずくで屈服させ、統制下へと組み込んでいった。
「目を開けろ。ここで気圧されれば、そのまま灰となって消え去るぞ」
黄金の縦長瞳が、至近距離から静かに見下ろしている。
「消え去るわけがない。俺には、妻と息子を日の本へ送り届ける使命がある」
アルダシールは右腕から湧き上がる熱量のすべてを、握りしめた鋼へ向けて怒涛のごとく流し込んだ。
刃身の表面から、激しい白い蒸気が爆発的に噴出する。それは広場の中央にそびえる灼熱の柱と同質の、濃密な硫黄の気配を孕んでいた。
急激に高まった蒸気の圧力が、刃を押さえつけていた太い尾を強力に弾き飛ばす。
アルダシールはその瞬間の隙を見逃さなかった。下段に流れた青白き軌跡を、下から斜め上方へ向けて疾風のごとく振り上げた。
閃光の筋が熱気を真っ二つに切り裂く。
教官は素早く身を引いて後方へ跳び、広場の中央へと着地した。
だが、その左腕の体表には、新たな傷が深く刻み込まれていた。黒き血液が滴り、熱い鉄板の上へ丸い染みを幾重にも描いていく。
「見事な一撃だ、地上の結び手よ」
教官の思考の波動も、僅かに乱れを含んでいた。
アルダシールは刃先を床へ向けたまま、崩れそうになる膝を寸前で踏みとどまらせた。全身の筋肉が限界を超えて軋んでいたが、右腕の奥底に潜む熱量は潰えていない。むしろ、さらなる深層の領域から、瑞々しく強力な奔流が次々と湧き上がってくるのを体感していた。
「これで終わりではないのだろう」
アルダシールは眼前の猛者を鋭く射抜いた。
「無論だ。己の内に流れる血に呑み込まれるか、あるいは完璧に支配し尽くすか、その真の始まりに過ぎぬ」
教官は両腕に付着した血液を床へと力強く振り払った。
空間全体の温度がさらに一段階跳ね上がる。天頂を覆う暗闇の隙間から、無数の細い燐光の雨が降り注ぎ、互いに牙を磨き合う二人の男たちの頭上を蒼白く彩り始めていた。




