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アルダシールと銀華~千年の時空を駆ける鬼と狐の恋物語  作者: 秋津ネオ


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第五十四話 地底の教官が急に本気を出してきたので、こちらも血脈の暴走に身を任せてみた

 床の金属板から立ち上る熱気が、視界をぐにゃりと歪めていた。

 アルダシールは、青白い光を纏った直刀を構えたまま、荒い息を吐き出した。

 右手のひらを通じて、刃から伝わる拍動はさらに速くなっている。

 教官の胸元に刻まれた白い筋から、黒い血がゆっくりと床へ滴り落ちた。

 教官は、自身の胸の傷を一瞥することさえしなかった。


「理を外れたか。だが、まだ揺らぎに過ぎん」


 彼の赤い鱗が、内側から燃え上がるように輝きを増した。

 アルダシールは、直刀を握る力を強めた。


「揺らぎかどうか、もう一度試せば分かる」


 「その慢心が、地上の人間の弱さだ」


 教官の姿が、かき消えた。

 次の瞬間、アルダシールの背後の空気が爆発した。

 振り返る暇は無かった。

 彼は本能的に直刀を背後へと振り抜いた。

 硬質な衝撃が、再び彼の両腕を襲う。

 教官の太い尾が、直刀の刃を正面から受け止めていた。

 金属と鱗が噛み合い、耳を劈くような摩擦音が周囲の壁に反響した。

 五歩、十歩と、アルダシールの足が後方へ押し出される。

 靴底の革が摩擦で焼け、鼻を突く異臭が急激に広がった。

 こめかみを突き刺す頭痛が、容赦なく波となって押し寄せる。

 視界の隅が黒く濁り、意識が遠のきそうになる。

 遺伝子に刻まれた呪詛が、この力を引き出す代償を要求していた。

 彼は自身の唇を深く噛み切り、鉄の味で意識を繋ぎ止めた。


 「目を開けろ。ここで眠れば、そのまま灰になるぞ」


 教官の金色の瞳が、すぐ目の前にあった。


 「眠るわけがない。俺には、まだ、やるべきことが」


 アルダシールは、右腕の熱をすべて直刀の刃へと流し込んだ。

 刃から、激しい白い蒸気が噴き出した。

 それは修練場の中央にある灼熱の鉄柱と同じ、濃い硫黄の匂いを孕んでいた。

 蒸気の圧力で、教官の尾がわずかに弾け飛ぶ。

 アルダシールはその隙を逃さず、直刀を下から斜め上へと振り上げた。

 青白い軌跡が、空間の熱気を真っ二つに切り裂く。

 教官は大きく後方へ跳び、円形の広場の中央へと着地した。

 彼の左腕の鱗に、新たな傷が深く刻まれていた。

 黒い血が、金属の床に次々と丸い染みを作っていく。


 「見事な一撃だ、地上の楔よ」


 教官の呼吸も、わずかに乱れていた。

 アルダシールは、直刀の先を床に向けたまま、膝を折りそうになるのを耐えた。

 全身の筋肉が、引き千切られるように痛む。

 しかし、右腕の奥にある熱は、まだ消えていなかった。

 それどころか、さらに深く、暗い場所から新たな奔流が湧き上がってくるのを感じていた。


 「これで、終わりではないのだろう」


 アルダシールは、教官を睨み据えた。


 「当然だ。これは、お前が自らの血に呑まれるか、それとも支配するかの始まりに過ぎん」


 教官は、両腕の黒い血を床に振り払った。

 空間全体の温度が、さらに一段階上がった。

 天井の暗闇から、無数の細い燐光が、まるで雨のように二人の頭上へと降り注ぎ始めていた。

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