覚醒する刃と赤き鱗の傷痕
右腕の皮膚が、内側から押し裂かれるような猛烈な熱量を帯びて沸き立っていた。
アルダシールは、腕から絶え間なく立ち上る白い蒸気の向こうで、肉迫してくる赤い鱗の巨体を鋭い眼差しで見据えた。
欠けた直刀は、まだ五歩先の熱い金属床の上で鈍く光を反射している。それを拾い上げる隙など、目の前の猛者には一切存在しなかった。
教官の太い右腕が、容赦なく空気を切り裂いて突き出される。その破壊的な一撃に対し、アルダシールは回避を選ばなかった。右腕から溢れ出る白い蒸気を纏わせたまま、己の右拳を前方へ力強く突き出した。
むき出しの肉と、鋼のごとき硬質な赤鱗が正面から激しく激突した。
ドゴーン、と重苦しい破裂音が円形の修練場内に響き渡る。
凄まじい衝撃波がアルダシールの肩の骨をきしませたが、今回は後方へ吹き飛ばされることはなかった。床の金属板に靴底が鋭く深く食い込み、激しい摩擦による焦げた煙が足元から激しく立ち上る。
教官の縦長に光る黄金の瞳が、かすかに見開かれた。
「少しは、手応えが変わったようだな」
教官の低い思考の波が、灼熱の熱気の中で大きく震える。
アルダシールは一歩も引かず、そのまま左拳を繰り出し、教官の深い腹部へと深く叩き込んだ。
「まだまだだ」
教官は、その一撃を太い尾のしなりによって叩き落とした。尾を覆う鋭い鱗がアルダシールの左拳の皮膚をかすめ、赤い血が筋となって床へ滴り落ちる。その血は灼熱した金属板に触れた瞬間、ジと音を立てて白煙とともに蒸発していった。
その瞬間、アルダシールの全身の血管が、かつてない高まりをもってドクンと躍動した。
脳髄を駆け巡るのは病的な痛みなどではない。波斯の古より引き継がれてきた千年の血脈、その記憶と誇りが、地底の理と同調して爆発的に覚醒していく熱量であった。視界が一瞬、熱い琥珀色に染まる。
アルダシールは奥歯が砕けんばかりに強く噛み締め、全身を巡る血脈の昂ぶりを己の制御下に完全に収めた。
教官の容赦ない前蹴りが、アルダシールの胸元へ向けて疾風のごとく迫る。
アルダシールは身を深く翻し、滑り込むようにそれをかわした。蹴りが空を切った風圧だけで、着ていた衣服の胸元がベリと引きちぎれる。そのまま深く床を転がり、五歩先にあった直刀の柄を右手で確実につかみ取った。
直刀を握り締めたその瞬間、奇跡のような変化が起きた。
刃身が、目も眩むような青白い光の束を帯びて激しく震え始めたのだ。
右腕から溢れ出る白い蒸気が、まるで生き物のように刃の表面を包み込み、流れるように刃先へと伝わっていく。鉄の冷ややかな手応えは跡形もなく消え去り、まるで古の巨竜の脊椎を直接握りしめているかのような、力強い脈動が掌を通じて全身へ伝わってきた。
「それだ。それこそが、お前の血脈が宿す本来の刃の姿である」
教官は灼熱の鉄柱を背にして立ち上がり、大きく両腕を広げて歓喜の気配を漂わせた。
「これは、俺だけの力ではない。この地底の気と、血脈が紡ぎ出した理だ」
アルダシールは両手で青白く輝く直刀を構え直した。刃から放射される重厚な熱波が、周囲の空気を歪ませていく。
「己の血脈を拒むな。すべてを受け入れ、己の糧とせよ」
教官の巨体が、陽炎のようにゆらめいたかと思うと、次の瞬間には眼前へ迫っていた。頭上から繰り出される両拳が、空間を押し潰すような圧力を伴って同時に振り下ろされる。
アルダシールは迷うことなく、青白い光の膜を纏った直刀を斜め上方へ向けて疾風のごとく振り抜いた。
キン、と耳を劈くような高酷な金属擦過音が響き渡る。
周囲に渦巻いていた白い蒸気が、刃から放たれた凄まじい衝撃波によって一気に外側へと吹き飛ばされた。
教官の頑強な赤い鱗の表面に、初めて一条の白い深い傷痕が刻み込まれた。その亀裂から、一滴の黒い血が静かに染み出していく。
教官はその胸の傷口を気にする素振りすら見せず、薄い口唇を吊り上げて満足そうに笑った。
「見事だ。地上の狭き理を、完全にはずれたな」
アルダシールの呼吸は荒く、全身の毛穴から汗が溢れ出していた。
だが、青白く光り輝く直刀を握る両手には、先ほどまでの迷いや困惑は微塵も存在しなかった。血管を巡る熱い奔流が、いまや彼の肉体と直刀を完全にひとつに結びつけ、不可思議な力へと変貌させていたのである。
教官は一歩下がり、腕を組んでアルダシールを力強い眼差しで見つめた。
「素質は十分に示された。明日はさらなる技の深みと、その力を自在に制御する心法を授けよう」
アルダシールは静かに直刀を鞘へと収めた。その刃は青白い余韻を揺らめかせながら、静かに静寂の中へと馴染んでいった。日の本へ渡り、地上の歪みを正すための真の力が、この暗き地底の修練場で着実に芽吹き始めていた。




