灼熱の修練場と血脈の脈動
踏み込んだ右足の裏から、直に焼き付くような猛烈な熱気が靴底を通じて伝わってきた。
アルダシールは、赤く灼熱する鉄柱が放射する激しい熱気に顔を僅かに歪めながら、全身の筋力を一気に集中させて距離を詰めた。腰の帯から引き抜いた欠けた直刀の刃先が、風を切り裂く鋭い音を立てて教官の首元を正確に捉える。高い金属的擦過音が、天井の見えぬ広大な暗闇へと吸い込まれるように響き渡った。
しかし、掌に伝わる手応えは皆無であった。
赤い鱗に包まれた教官は、巨体を微動だにさせることなく、ただ首を僅かに傾けただけであった。直刀の鋭い刃先は、その深紅の皮膚を掠めることすら叶わず、寸前で空を斬っていた。
直後、教官の丸太のごとき太い右腕が、アルダシールの胸元へ向けて無造作かつ不可避な速度で突き出された。
アルダシールは咄嗟に刀の腹を胸前に掲げ、その鉄拳を受け止めた。
ドォンと重苦しい金属音が修練場内に打ち響く。凄まじい質量と推進力が両腕の骨を激しく伝い、全身の組織を直接打ち揺らした。アルダシールは床に敷き詰められた熱い金属板を滑るように弾き飛ばされ、後方へと後退を余儀なくされた。靴底が金属と擦れ合い、白く焦げた煙が足元から立ち上る。
教官は両手を無造作に下げたまま、静かに一歩前へ踏み出した。
「その程度か、巨人の血脈を引きし者よ」
重々しい思考の波が、地鳴りのように床を叩いて伝わってくる。アルダシールは直刀を構え直し、深く息を吐き出した。
「まだ始まったばかりだ」
「地上の剣技は、風を撫でているに過ぎん」
教官の縦長に光る黄金の瞳が、冷徹かつ妖しく細められた。
「ならば、これでどうだ」
アルダシールは再び強く大地を蹴った。今度は上段ではなく、低い姿勢からの鋭い切り上げであった。教官の背後から太い尾が生き物のようにしなって跳ね上がり、打ち下ろされる。
直刀の刃と尾を覆う深紅の鱗が激しく衝突し、暗闇の中に青白い火花が四方へ弾け飛んだ。焦げついた硫黄のごとき特異な臭気が、瞬時に周囲の大気を満たしていく。
その瞬間、アルダシールの右腕の奥底で、ドクンと大きな脈動が跳ね上がった。
皮膚の下を走る血管が太く青黒く浮き上がり、全身の血が激しく沸き立つ。それは過去に彼を苦しめた病的な痛みではなく、ササン朝王族の血脈が、教官の放つ圧倒的な気勢と地底の清浄な環境に呼応して目覚めようとする古代の脈動であった。
教官はその右腕の膨らむ筋肉をさらに強固にし、冷ややかに告げた。
「血が騒いでおるな」
「黙れ」
アルダシールは脈動を押し殺すように刀を引き、次の間合いをとった。
「血脈の力を、ただの肉体の熱に変えているだけだ」
「力をいかに扱うかを知らぬのだ。刀という道具に頼るな、己の体内に流れる血そのものを刃とせよ」
教官の長い爪が空気を切り裂き、鋭い熱風がアルダシールの頬を撫でた。間一髪でその一撃をかわしたものの、引きつるような熱気が顔面を襲う。
直後、教官の不可視のごとき鋭い蹴りが、アルダシールの手薄になった脇腹を正確に捉えた。
衝撃によってアルダシールの体躯は宙へ舞い上がり、数丈離れた金属板の上へ背中から叩きつけられた。激しい痛みが背骨を貫き、息が完全に詰まる。手から離れた欠けた直刀が、乾いた高い音を立てて床を転がっていった。
教官は追撃を仕掛ける素振りも見せず、ただ高みから静かにアルダシールを見下ろしていた。
「立ち上がれ、世界を結ぶ楔の若者よ」
アルダシールは口内に広がる鉄の味を吐き捨て、床を強く拳で打ちつけた。
「まだ、負けてはいない」
「その倒れぬ意気地だけは認めてやろう」
教官の赤い鱗が、室内の熱気に包まれてより深く妖しく光り輝いた。
アルダシールは膝を立て、数歩先に転がる直刀を見つめた。右の手のひらが異常なほどの熱気を帯びている。皮膚の下で、古の記憶とエネルギーが荒々しく蠢き、外の世界へ飛び出そうと暴れていた。それは大理で黒い泥と対峙した時以上の、純粋で圧倒的な生命力の奔流であった。
教官がゆっくりと歩み寄ってくる。
「刀を拾うか、それともその素手で挑むか」
「どちらであれ、あんたの鱗を一枚残らず剥いでみせる」
アルダシールは四肢に力を込め、強く大地を蹴って立ち上がった。
その時であった。
彼の右腕の皮膚から、細く白い蒸気がゆらゆらと立ち上り始めた。
それは隣の書庫へ向かった息子アルスが、体内で毒素を分解した際に見せた現象と酷く似通っていた。己の内に眠る古代の血脈と、この地底都市を包む太古の理が重なり合い、外へ向けて新たな事象を紡ぎ出そうとしている証であった。
教官はその白い蒸気を目にし、縦長の瞳を大きく見開いた。
「ほう、己の体内で理を書き換える兆しを見せるか。面白し。ならば、その芽吹きが本物かどうか、我が肉体をもって確かめてやろう」
アルダシールは右腕から立ち上る白い蒸気を見つめ、静かに拳を握り締めた。
(俺の身体の中で、何かが目覚めようとしている。この力があれば、どんな試練も突き抜けることができる)
直刀に頼るのではなく、己の肉体と血脈そのものを武器に変えるための真の修行が、今まさに始まろうとしていた。




