緑光の晩餐会と、古の血脈の真実
深い眠りから覚めたアルダシールの意識は、驚くほど澄み渡っていた。
先ほどまで右腕を侵食していた黒い泥の呪いは、この地底都市の高度な医療技術の前に、霧のように霧散していた。肌に刻まれていた不吉な黒ずみは消え、代わりに、荒れ狂う炎を封じ込めたかのような、かつてないほどの熱と力が、血管を巡っている。
白石の寝台から身を起こすと、傍らでメイファとアルスもゆっくりと瞼を開いた。彼らの瞳には、もはや大理の街で見た地獄のような光景の残滓はなく、ただ未知の文明に対する静かな畏怖と安らぎが宿っている。
ほどなくして、部屋の扉が音もなく滑らかに開き、先ほど治癒を施した幹部が姿を現した。彼の動きには無駄がなく、その鱗の質感は、まるで磨き上げられた黒真珠のように鈍い光を放っている。
「目覚めたか。我ら長老も同席し、お前たちが地上の理の中で何を見てきたのか、その記録を詳しく聞かせてもらおう。食事の席を用意した」
案内されたのは、先ほどの広間よりもさらに奥深い、地底都市の心臓部だった。円形の卓には、地上の自然界では到底見ることのできない、極彩色に発光する果実や、蒸気を上げながら絶妙な温度を保っているスープが並んでいる。卓の対面には、ひときわ大きく、歳月という概念を超越したかのような威厳を纏う長老が静かに鎮座していた。
アルダシールは卓の前に立つと、深く首を垂れた。
「命を救ってくれたことに敬意を表する。名乗るのが遅れたな。俺は、黒海から東の果てを目指す旅人だ。母から受け継いだ名の響きから、仲間内では『アルダシール』と呼ばれている」
その名を口にした瞬間、広間を包む緑色の光が、わずかに波打った。長老と幹部たちが、金色の瞳を大きく見開き、互いの顔を見合わせる。彼らの尾が、驚きを隠すかのように卓の下で不規則に揺れ動いた。
「アルダシール……! その響き、我らの記憶の深淵に刻まれた、太古の王族の血脈と完全に一致する」
長老の重々しい声が、頭蓋骨に響く。
「俺の母は、ササン朝ペルシャの王族の末裔だ。荒野で母と義父から教わったのは、一族に伝わる巨人族の血を研ぎ澄ませるための武術だった。俺の右腕に流れるのは、太古より地上の理を蹂躙し、支配した者たちの血脈そのものだ。あんたたちは地上のすべてを観測していると聞いた。ならば、なぜ俺たちがここまで命を削って逃げてきたのか、すでにある程度は察しているのではないか」
アルダシールは卓の上に右腕を置き、その血管が微かに浮き上がる様子を見せつけた。その光景を、幹部たちは瞬きもせず凝視している。
「大理の街で俺たちが斬り伏せたあの泥の化け物。再生を繰り返し、触れるものすべてを己の肉に変えていく存在。影喰と呼ぶのか、あれは俺たちの血脈と何らかの因果関係があるのではないか。そうでなければ、なぜあの泥は、執拗に俺たちを追い回した」
長老は卓の上の果実には一切手を付けず、重々しく口を開いた。
「あれは単なる妖術の類ではない。太古の昔から次元の狭間に巣食い、星の理そのものを食い破ろうとする寄生体だ。奴らはお前のような巨人族の末裔を、特に憎み、そして貪り食おうとする。お前たちこそが、崩れゆくこの星の重力と理を支える『楔』だからだ。アルダシールよ、お前の血には、かつてこの文明が誕生した当初、星に撒かれた種子の記憶が焼き付いている」
アルダシールは杯を強く握りしめた。己の身体に流れる血が、星そのものを蝕む寄生体の栄養源であるという、あまりにも残酷な真実。彼は沈黙の中で、己の運命がもはや一介の旅人のものではなく、星の運命を左右する戦いの最前線にあることを理解した。




