太古の巨石都市と深淵の回廊
青緑色の澄んだ光を放つ重厚な巨石の扉が、重酷な地鳴りのごとき響きを伴ってゆっくりと左右へ滑り開かれていく。
打ち開かれた巨大な門の向こう側には、およそ地上の人間が想像しうる建築や空間の概念を遙かに逸脱した光景がどこまでも広がっていた。
天頂を覆う幾重もの岩盤からは、満月を幾千もかき集めたかのような淡い青光を撒き散らす巨大な発光結晶が垂れ下がり、広大な地下都市全体を怪異かつ神秘的な色合いで照らし出している。その光の下に浮き彫りとなるのは、巨木のごとき太さを誇る六角柱の建造物群と、幾何学的な螺旋を描いて天へと伸びる無数の円錐塔であった。
石造りの外壁には、まるで大蛇や龍の皮膚を模したかのような細かな鱗模様の彫刻が隙間なく刻み込まれている。その合間を埋めるように、地上では決して見ることの叶わない太古の星々を描いた天体図や、文字とも呪符ともつかぬ精緻な幾何学記号が無数に刻まれており、悠久の時の重みを静かに物語っていた。
レプティリアンの長を先頭に、十数体の兵装した異形たちが規則正しい足取りで進む。彼らが纏う銀色の装飾具は、光源に反射して冷ややかな光を返していた。アルダシールは妻のメイファと息子アルスを中央にかばいながら、慎重にそのあとに続いた。
踏みしめる石畳は白銀色の滑らかな物質で出来ており、一歩を踏みしめるたびに足底を通して微かな冷気と引き締まった波動が伝わってくる。
周囲を取り囲む建造物の影や高台からは、この地に暮らす住人と思われる異形たちが静かに姿を現していた。彼らは地上の群衆のように騒ぎ立てることもなく、取り乱す素振りも見せない。ただ、黄金色に輝く縦長の瞳を細め、漂着した異邦の家族を冷徹かつ高次元の客観性を宿した眼差しで見つめている。群れの中には小さき個体も混ざっていたが、その瞳にもまた、種族固有の深い思索の色が漂っていた。
「アル、あの建物を見て。石と石の継ぎ目がひとつもないわ。まるで岩山そのものを超自然の力で削り出して造ったみたい」
メイファが声を潜め、驚愕に瞳を揺らしながら囁いた。
彼女の視線の先にある幾何学的な大建造物は、ブロックを積み上げたものではなく、巨大な単一の岩盤を未知の技術で融解させ、成形したかのような完璧な平滑さを保っていた。さらに壁面の窪みには、地上では目にしたこともない透き通った水晶のごとき植物が群生し、蒼白色の微光を揺らしている。薬草の深い知識を持つメイファにとっても、それらは完全に未知の領域に属する生態系であり、その生命力のありように息を呑んでいた。
「お父さん、ここには悲しい声や怒ってる声がひとつもしないよ」
アルスがアルダシールの手を両手で固く握りしめながら、小さな声でつぶやいた。
「みんな静かに何か深いことを考えてる。地上の黒い泥みたいに、誰かを喰おうとする悪い気持ちがどこにも見当たらないの」
アルダシールは息子の頭に優しく手を置き、深く頷いた。
アルスの澄んだ洞察が示すとおり、この空間を支配しているのは圧倒的な静寂と、悠久の時を生き抜いてきた古代種族特有の厳かな秩序であった。安禄山が撒き散らした邪念や、人間の醜い欲望が産み落とした黒い泥の気配は、分厚い地殻の底に遮られ、ここには一切届いていない。
アルダシールの胸の奥底で、静かな昂ぶりが湧き上がっていた。
羊を追う牧徒として生きてきた己の身に流れる、ササン朝王族の血。古の波斯から受け継がれた血脈の記憶が、この異形の都市が持つ膨大な静寂と同調し、精神の輪郭を研ぎ澄ませていく。頭脳は氷のごとく澄み渡り、一切の雑念もなく周囲の状況を的確に把握していた。
「ここなら、三人で生きていけるかもしれないな」
アルダシールの低く穏やかな呟きに、メイファは静かに微笑み、夫の腕にそっと身を寄せた。
どれほど歩いたであろうか。都市の中央へ近づくにつれ、建造物の密度と構造の精緻さはさらに増していった。
やがて一行の前に、天頂の岩盤に届かんばかりの圧倒的な存在感を誇る巨塔が立ちはだかった。
塔の周囲には無数の青い光条が幾重にも脈動しながら流れており、大気そのものが微かに振動している。長は巨塔の麓にある装飾のない重厚な回廊の前で足止めを差し挟み、静かに振り返った。
(これより先は、我が種族の太古の記憶と叡智が眠る深淵の回廊である)
音なき思考の波が、アルダシールの意識へ直接叩きつけられる。長は黄金の眼差しをアルダシールへ向け、その細い口唇を僅かに動かした。
(汝ら地上人は、己の欲望と愚かさのために世界を傷つけ、調和を破り続けてきた。いま地上を覆う黒い怨念の泥は、やがてこの深淵にまで至る世界滅びの芽である。汝らがただの無力な漂流者か、あるいは歪んだ世界を整える鍵を持つ者か、我が王がその深層を見極めるであろう)
長の精神波動とともに、回廊を塞いでいた巨大な一枚岩が重々しく移動し、奥深くへと続く暗がりが現れた。
その回廊の奥底からは、これまでに体感したどの存在とも異なる、圧倒的で超然とした圧迫感が押し寄せていた。それは暴力的で荒々しい威圧ではなく、星の運行や大地の呼吸そのものを体現したかのような、途途もないスケールの絶対的な存在感であった。
メイファが息を呑み、思わずアルダシールの衣の端を固く握りしめる。アルスもまた、その灰色の瞳を大きく見開き、吸い込まれるように暗がりを見つめていた。
アルダシールは腰の直刀の柄からそっと手を離した。
武力や刃の鋭さなど、この超然とした古の叡智の前では何の意味も持たないことを、己の血脈が即座に悟っていたからである。敵対するためではなく、生き抜くために、そして地上の惨禍から大切な家族を守り抜くために、自分はこの地へと引き寄せられたのだ。
「恐れることはない、メイファ、アルス。俺たちの運命は、この先に繋がっている」
アルダシールは低く力強い声で二人を導き、迷いのない確固たる足取りで深淵の回廊へと一歩を踏み出した。青緑色の光が背後へ遠ざかり、古の静寂が三人を受け入れるように深く包み込んでいく。深淵の玉座に座す地底の王との謁見が、今まさに始まろうとしていた。




