星降る地下のオアシスと、水際に眠る白石の小舟
炎が照らす岩棚の奥へ足を踏み入れると、空気の質が劇的に変わった。
先ほどまでの湿った土と獣の血の匂いは消え失せ、代わりに微かな甘さを帯びた清涼な風が洞窟の奥から吹き抜けてくる。満腹になったアルスはメイファの背中で心地よさそうに寝息を立てており、アルダシールもまた、極限まで張り詰めていた神経が少しずつ解れていくのを感じていた。
暗い一本道をどれほど歩いただろうか。不意に、前方の空間が青白い光を放ち始めた。
松明の火を落とし、アルダシールは警戒しながら出口の岩のアーチをくぐる。次の瞬間、目の前に広がった光景に、背後のメイファが息を呑む音が聞こえた。
そこは、過酷な地の底に神が隠し置いた巨大なオアシスだった。
ドーム状の天井一面に、星空のように群生する青白い苔が瞬いている。その柔らかな光に照らし出されているのは、波一つない鏡のような地下湖だ。湖水は信じられないほど透明で、底に沈む純白の砂や色鮮やかな鉱石が、手の届きそうなほど鮮明に見透かせる。
「パパ、お水が光ってる」
目を覚ましたアルスが、メイファの背中から身を乗り出して歓声を上げた。
湖の周囲には、地上のものとは違う、水晶のように透き通った葉を持つ植物が群生していた。アルダシールは直刀を鞘に収め、湖畔へと歩み寄る。澄み切った水を両手ですくい上げ、泥と血にまみれた顔を洗う。氷のように冷たく心地よい水が、戦いの汚れを洗い流し、熱を持った筋肉を優しく冷やしていった。
メイファもそっと水辺にしゃがみ込み、アルスの手や顔を洗ってやる。激闘の連続で強張っていた家族の顔に、本来の穏やかな表情が戻っていく。死と隣り合わせの地底において、この静寂と美しさは何よりの癒しだった。
ふと、アルダシールの視線が湖のほとりに停泊している人工物に釘付けになった。
透き通った植物の群れに半分埋もれるようにして、一隻の小舟が静かに浮かんでいたのだ。木材ではなく、白く滑らかな石材をくり抜いて作られた古代の舟だ。朽ちることもなく、まるで彼らがやって来るのを何百年も待ち続けていたかのように、静かな湖面に影を落としている。
舟の内部には、推進力を得るための石の櫂が二本、丁寧に揃えられていた。
「これで、この巨大な地底湖を渡れるかもしれない」
アルダシールは舟の縁に手をかけ、水漏れやひび割れがないか、その頑丈さを確かめる。どこへ通じているのかはわからない。だが、この澄み切った水脈の先には、間違いなく外の世界へと通じる活路があるはずだ。
「さあ、乗るんだ。冷たい水の上だが、あの泥の街よりは遥かに居心地が良いだろう」
彼は家族の手を引いて白石の小舟へと乗せ、静かな湖面へとゆっくり櫂を漕ぎ出した。




