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アルダシールと銀華~千年の時空を駆ける鬼と狐の恋物語  作者: 秋津ネオ


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激流から引き揚げた巨獣の肉と、地の底の晩餐

 

  荒い息がようやく整い始めた頃、アルダシールの腹の底から、岩をこすり合わせるような低い音が鳴った。


 極限の死闘を乗り越え、古の血が沸騰した代償だ。急激に燃え上がった命の炎が、己の肉体を維持するための莫大な対価を要求していた。


 メイファとアルスも同様だった。冷たい岩棚の上で身を寄せ合う二人の顔には、明確な疲労と飢えの色が濃く滲んでいる。光の届かない地の底で生き延びるためには、何としても腹を満たす必要があった。


 アルダシールは岩棚の縁に立ち、眼下の暗闇を見下ろした。


 先ほど自らの手で息の根を止めた白鱗の巨獣の亡骸は、地下川の激しい濁流に飲み込まれ、岩棚から少し下流にある鋭い岩礁に突き刺さって辛うじて引っかかっていた。水圧に押され、今にも真っ暗な水底へと沈んでいきそうだ。


 迷っている暇はない。彼は欠けた直刀を口に咥え、再び険しい岩壁を川面に向かって慎重に下り始めた。


 水飛沫が容赦なく体温を奪う。だが、覚醒した強靭な筋力のおかげで、アルダシールは激流に足をすくわれることなく巨獣の亡骸へと飛び移った。


 足元の不安定な死骸の上で直刀を握り直し、アルスが教えてくれた顎の下の柔らかい部位へと刃を突き立てる。分厚い白鱗を強引に引き剥がし、血抜きを行い、食べられそうな赤身の肉を大きな塊として切り出していく。


 巨獣の肉からは泥のような腐臭はせず、冷たい地下水と強い生命の香りが立ち上っていた。


 重い肉の塊を肩に担ぎ上げ、アルダシールは再び垂直の岩壁を這い上がり、家族の待つ岩棚へと帰還した。


「メイファ、火を焚いてくれ。燃えそうな苔や乾いた木の根を集めるんだ」


 アルダシールの声に、メイファは力強く頷いた。彼女もまた、生きるための強さを持っている。アルスを背負いながら周囲を探索し、川岸に打ち上げられていた流木や、発光する苔の乾いた部分を手際よく集めて火を焚き付けた。


 炎が岩棚を赤く照らし出す。


 切り出した肉の塊を木の枝に刺し、焚き火にかざした。やがて、脂が弾ける小気味良い音と共に、強烈な肉が焼ける匂いが洞窟内に充満し始めた。香辛料も塩もない、ただ火を通しただけの粗末な調理だ。だが、極限状態にある彼らにとって、それはどんな豪勢な宴の食事よりも魅力的に映った。


 肉の表面がカリカリに焼け焦げた頃合いを見計らい、アルダシールはそれを火から下ろした。熱い肉片を切り分け、まずはメイファとアルスに手渡す。


 アルスが小さな口を開け、熱々の肉に噛み付いた。途端に、少年の顔に驚きと喜びの色が広がる。


「パパ、これ、すごく美味しいよ。お魚とお肉が混ざったみたいな味がする」


 メイファも無言で肉を頬張り、その目に確かな生気を取り戻していた。


 アルダシールも自らの分に噛み付く。分厚い肉は驚くほど柔らかく、噛めば噛むほど濃厚な脂の甘みが口の中に溢れ出した。塩気すら帯びたその味わいは、彼らの乾ききった身体の隅々にまで浸透し、失われた体力を急速に回復させていく。


 巨獣の肉が腹に収まるたび、アルダシールの体内で先ほど覚醒した力が、より強固なものとして定着していく感覚があった。


 腹を満たし、温かい炎の前で三人は束の間の休息を得た。


 だが、ここはまだ死と隣り合わせの地の底だ。炎が照らす岩棚の奥には、どこまでも続く真っ暗な道がぽっかりと口を開けて、彼らを待ち受けていた。


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