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ハプロB51 鬼と狐  作者: 秋津ネオ
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長安の影が呼ぶ

西域の空は、どこまでも広かった。


昼は焼けるように熱く、夜は凍えるほど冷たかった。

砂漠の風は肌を削り、山脈の影は深く長く伸びていた。


その荒野の中で、アルダシールは生きていた。


戦いは日常だった。

盗賊との衝突、遊牧民の襲撃、都市国家同士の争い。

西域には休息という言葉がなかった。


剣を握り、盾を構え、敵を倒し、また次の戦場へ向かう。

それが傭兵の生き方だった。


彼は、ただ生き延びるために戦っていた。

故郷を失い、家族を失い、名を呼ぶ者もいない。

戦場だけが、彼の居場所だった。


ある日、クチャ近くの砦で、唐軍の部隊と共に戦うことになった。

唐は西域の支配を強めるため、多くの異民族を傭兵として雇っていた。

その中に、アルダシールの姿があった。


戦いは激しかった。

砂煙が空を覆い、矢が雨のように降り注ぎ、

馬の嘶きと叫び声が混ざり合った。


アルダシールは怯まなかった。

重い剣を片手で振り、馬上の敵を叩き落とし、

盾ごと身体を砕くような一撃を放った。


その戦いを見ていた唐軍の将軍がいた。

名を高仙芝といった。


西域経営の中心人物であり、

異民族の武人を重用することで知られた将軍だった。


戦いが終わると、高仙芝はアルダシールの前に立った。

彼はじっとアルダシールを見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……お前、名は」


「アルダシールだ」


「どこの出だ」


「ペルシャだ」


高仙芝は目を細めた。

その名を聞いた瞬間、彼は理解した。


滅びた帝国の生き残り。

そして、ただの生き残りではない。


「お前の力は、ここで盗賊を斬るためのものではない。

 長安へ来い。

 皇帝のもとで働け」


アルダシールは驚いた。

長安。

東の果てにある巨大な都。

世界の中心のひとつと呼ばれる場所。


「……俺が、長安へ」


「そうだ。

 唐は強い者を求める国だ。

 異民族であろうと関係ない」


アルダシールはしばらく黙っていた。


故郷は失われた。

家族も仲間もいない。

戦場だけが彼の居場所だった。


だが、長安という名は、胸の奥に何かを灯した。

もっと大きな場所。

もっと大きな運命。


「……わかった。行こう」


高仙芝は満足げに頷いた。


こうしてアルダシールは、唐軍の護衛隊と共に長安へ向かうことになった。


旅は長かった。

砂漠を越え、山脈を越え、オアシスを渡り歩いた。

隊商とすれ違い、異民族の集落を通り、

時には盗賊に襲われた。


しかしアルダシールはすべてを乗り越えた。


旅の途中、彼は唐という国の大きさを知った。

どの町にも市場があり、絹や香辛料が並び、

異国の商人が行き交っていた。


唐は豊かで、強く、多民族が混ざり合う国だった。


そしてついに、長安の城壁が見えた。


それは、彼がこれまで見たどんな都市よりも巨大だった。

城壁は果てしなく続き、門は山のように高く、

街の中からは香の匂いと人々の声が溢れていた。


アルダシールは息を呑んだ。


これが世界の中心。

これが唐の都、長安。


門をくぐると、色とりどりの絹が風に揺れ、

香の煙が漂い、異国の言葉が飛び交っていた。


市場には西域の商人、南海の商人、朝鮮の商人、

そしてペルシャの商人までいた。


彼らは皆、長安を目指して旅をしてきたのだ。


しかし、アルダシールは孤独だった。

言葉も文化も違う。

自分の居場所がどこにあるのか分からなかった。


それでも彼は歩いた。


この都で、自分の運命が静かに動き始めていることを知らぬまま。


長安の空は高く、

人々の声は絶えず、

香の煙がゆっくりと流れていた。


その喧騒の奥で、

まだ誰にも知られていない“ひとつの縁”が、

静かに息をしていた。


アルダシールも、

宮廷の奥で震える少女も、

まだ互いの存在を知らない。


ただ、

物語だけが、

ゆっくりと、確かに進んでいた。



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