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ハプロB51 鬼と狐  作者: 秋津ネオ
3/8

砂漠を越える誓い

西へ向かう道は、砂と岩と風しかなかった。


ペルシャの都が燃えたあの日から、アルダシールはひたすら歩き続けていた。


故郷を失い、家族を失い、戦士としての誇りすら失った彼に残されたものは、生き延びるという本能だけだった。


西へ進むほど、景色は荒れ果てていった。


乾いた大地、崩れた遺跡、風に削られた岩山。


しかしその荒野の向こうには、オアシス都市が点々と存在していた。


クチャ、ホータン、カシュガル。


古くから東西の商人が行き交う場所であり、同時に戦いの絶えない土地でもあった。


アルダシールが最初に辿り着いたのは、クチャの外れにある小さな集落だった。


そこには、ペルシャから逃れてきた者たちがいた。


商人、職人、兵士、そして同じように家族を失った者たち。


彼らはアルダシールを見ると、驚いたように目を見開いた。


「……お前、本当に人間か?」


その問いに、アルダシールは答えなかった。


彼の体格は異様だった。


背は高く、肩幅は広く、腕は太い。


黒海の北に住んだと伝わる巨人の民、オーガの血を引くと言われても、誰も疑わないだろう。


しかし、彼自身はその血を誇りに思ったことはなかった。


ただ、戦場で生き延びるための力にすぎなかった。


クチャの集落では、戦いが日常だった。


盗賊が襲い、遊牧民が略奪し、都市国家同士が争った。


その混乱の中で、傭兵という生き方が生まれた。


金をもらい、戦い、また次の戦場へ向かう。


故郷を失った者たちが選ぶ、唯一の道だった。


アルダシールもその道を選んだ。


最初の戦いは、盗賊団との小競り合いだった。


彼は重い剣を片手で振り、馬上の敵を叩き落とした。


その一撃は、まるで岩が砕けるような音を立てた。


仲間の傭兵たちは息を呑んだ。


「なんだあの力は……」


アルダシールは答えなかった。


戦いの最中、彼の心は静かだった。


怒りも、憎しみも、悲しみもなかった。


ただ、剣を振るうという行為だけが、彼を生かしていた。


戦いが終わると、仲間のひとりが言った。


「お前、名前は?」


「アルダシールだ」


「……覚えにくいな。巨人でいいか?」


アルダシールは少しだけ笑った。


それは、故郷を失ってから初めての笑みだった。


西域の戦場は、彼をさらに強くした。


盗賊、遊牧民、都市国家の兵士、そして異民族の戦士たち。


彼は数え切れないほどの戦いを経験し、そのたびに生き延びた。


彼の名は、クチャからホータンへ、ホータンからカシュガルへと広まっていった。


「巨人の傭兵」


「山を歩く男」


「一撃で馬を倒す怪物」


噂は誇張され、恐れられ、そして尊敬された。


しかし、アルダシールの心は満たされなかった。


戦いに勝っても、金を得ても、彼の胸には空洞が残ったままだった。


故郷の炎が、今も目の奥に焼き付いていた。


ある夜、ホータンの酒場で、ひとりの老人が彼に話しかけた。


「お前のような男を、唐の将軍が探しているらしいぞ」


アルダシールは眉をひそめた。


「唐……?」


「東の大国だ。お前も聞いたことがあるだろう。


 あそこは異民族の武人を重用する。


 お前のような怪物じみた戦士なら、すぐにでも客将として迎えられるだろう」


アルダシールは答えなかった。


唐の名は知っていた。


東の果てにある巨大な帝国。


文化も軍事も豊かで、世界の中心のひとつと呼ばれる国。


しかし、彼には関係のない話だと思っていた。


老人は続けた。


「唐へ行け。


 お前の力は、ここで盗賊を斬るためのものじゃない。


 もっと大きな場所で使われるべきだ」


アルダシールは酒を飲み干し、静かに立ち上がった。


老人の言葉が、胸の奥に残った。


もっと大きな場所。


もっと大きな運命。


彼は知らなかった。


その運命の先に、ひとりの女が待っていることを。


その女が、彼の人生を変えることを。


そして二人の恋が、千三百年後の日本にまで続く物語になることを。


だが今はまだ、誰も知らない。


西域の荒野を歩く男も、


長安の宮廷で震える少女も。


物語は、静かに進んでいく。

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