死体の目線は、いつも東を向いている
泥濘を蹴る音が、峡谷に虚しく響く。
槍に貫かれたまま直立する死体を通り過ぎる際、アルダシールは見た。死体の瞳は濁り、光を失っているはずなのに、一家が歩を進めるたび、その視線がわずかに、だが確実に「東」を追って動いているのを。
「見ている。こいつら、死んでなお、俺たちを監視しているのか」
アルダシールは吐き捨てた。
道はさらに狭まり、頭上からは原生林の枝葉が牙のように垂れ下がっている。
不意に、霧の奥から「カラン、カラン」と、乾いた硬質の音が聞こえてきた。
「パパ、誰か来ちゃうよ。でも、足がない音がする」
アルスの言葉通りだった。
現れたのは、唐の軍装をボロボロにまとった一団。だが、その歩みは異常だった。膝を折らず、まるで操り人形のように不自然な動きで霧の中から滲み出してくる。皆、顔一面に見たこともない黒い刺青が浮かび上がっていた。
「アルダシール!」
メイファが短刀を抜き、アルスを背に庇って腰を落とす。
「下がっていろ。こいつらは、人ではない」
アルダシールが直刀を引き抜く。その瞬間、凄まじい「殺気」が峡谷を埋め尽くした。
脳裏を裂くのは、理由なき激痛。
刺客の術か、あるいはこの地に充満する「呪詛」か。アルダシールは歯を食いしばり、視界に火花を散らしながら一歩踏み出した。
「死に損ないどもが、道を開けろ!」
咆哮とともに、アルダシールが泥を蹴った。
横一文字に振るわれた刀身が、霧を、そして異形の兵たちの胴を薙ぐ。
手応えはない。まるで枯れ木を斬るような乾いた感触。だが、斬られた傷口からは血の代わりに、どす黒い霧のようなものが噴き出し、周囲の木々を枯らしていく。
斬り伏せられた兵たちが泥に沈む中、再びあの、地を這うような銅鑼の音が響く。
「ゴォォン」
音は、峡谷のさらに奥、切り立った断崖の向こうから聞こえてくる。
アルダシールは荒い息を吐きながら、刀を振り下ろして黒い霧を払った。
「パパ、あの音、誰かが笑ってるみたいだね」
アルスの無垢な言葉が、凍りついた空気を切り裂く。
逃げ場はない。戻る道も、霧に消えた。
一家を乗せた時の歯車は、もはや現世の境界を越え、さらに深い東方の闇へと加速していく。




