道案内が死体なんて、聞いてないぞ
風が、哭いていた。
雲南の峻険な峡谷を吹き抜ける風は、逃亡者たちの背中を容赦なく叩き、逃げ道を闇で塗り潰していく。
踏みしめる土の感触さえ、どこか現実味を欠いていた。歩く先から世界が描かれ、通り過ぎた先から闇がすべてを塗り潰していく。その一歩一歩が、現世から切り離されていく儀式のようでもあった。
視界を遮る濃霧の向こうから、突如として「ゴォォン」と、地を這うような銅鑼の音が響いた。
唐の軍鼓のような規律はない。それは、この地の土着の神に捧げられる、あるいは異邦人を拒絶するための、呪術的な響きだった。
「アルダシール、あれを」
メイファの声が震える。
街道の脇、泥濘に埋もれるようにして、巨大な石像が転がっていた。
それは顔一面に禍々しい刺青を刻んだ、この地の部族「烏蛮」の戦士を象ったものだった。だが、その首は鋭利な刃物で叩き落とされ、断面からは、千年の呪詛が凝固したような、どす黒い苔が溢れ出している。
「パパ、あの石の人、泣いてるよ」
アルスが、アルダシールの背中で小さく呟く。
見れば、首のない石像の胸元に、一輪の真紅の彼岸花が、場違いな鮮やかさで咲き誇っていた。雲南の原生林に、あるはずのない花。それはまるで、これから向かう「黄泉路」への里程標のように、東の闇を指し示している。
アルダシールは、腰の直刀の柄を、指が白むほど強く握りしめた。
一歩踏み出すたびに、泥が足首を掴み、重くまとわりつく。
振り返れば、ついさっきまで歩いていた道が、霧の中に霧散し、もはや自分たちが「生者の世界」にいるのかさえ定かではない。
「誰か、いる」
アルダシールが低く唸るように言った。
霧の切れ間に、動かぬ人影が見えた。
道案内を求めて近づいたその場所にいたのは、生きた人間ではなかった。
それは、先ほどの石像と同じ刺青を顔に刻んだ男の死体だった。
死体は不自然なほど直立したまま、道の真ん中に突き立てられた槍に貫かれている。その見開かれた眼球は、腐敗することなく、ただじっと「東」を見据えていた。
「パパ、このおじさん、じいじと同じ匂いがする」
アルスの言葉に、アルダシールの背筋に氷のような冷気が走った。
1300年前の雲南。そこに、まだ見ぬ未来の血脈の気配が混じり始めている。
逃れられぬ血の宿命が、この地の呪詛と共鳴し、アルダシールのこめかみを激しい偏頭痛が突き刺した。
「行くぞ、東へ」
アルダシールは自らの血に抗うように、泥を蹴った。
未知なる東方。それともただの滅びが待っているのか。
一家を乗せた時の歯車は、もはや止まることを許されなかった。




