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アルダシールと銀華~千年の時空を駆ける鬼と狐の恋物語  作者: 秋津ネオ


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【悲報】村の家畜が全滅。平和な里に忍び寄る「影」と、息子の瞳に宿る狂気

 爾瑪エルマの里を包む霧は、もはやかつての優しさを持っていなかった。


 アルスが五歳になった頃、里を襲う「異変」は無視できない規模に膨れ上がっていた。


 始まりは数年前の、数頭の羊の不審死だった。だが今では、ひと月に一度、必ずと言っていいほど家畜が無惨な姿で発見される。


 首をねじ切られ、内臓を啜り出された牛。


 それも、ただ食い殺されたのではない。まるで、強大な力で「弄ばれた」かのように、四肢が不自然な方向に曲げられているのだ。


「アル、今日もまた見つかったわ。東の放牧地よ」


 メイファの声が震えている。


 彼女が恐れているのは、外敵の存在だけではない。


 朝、アルスが家に戻ってきた時、その小さな拳にべっとりと付着している、家畜の毛と乾いた血の跡を、彼女は見てしまったのだ。


「アルス。お前、昨夜はどこにいた」


 広場で石臼を持ち上げて遊んでいたアルスが、動きを止めた。


 五歳とは思えぬ厚い胸板が、激しく上下している。


「森に、大きなワンワンがいたんだ。あいつ、僕の服を引っ張るから、ちょっと遊んであげただけだよ」


 アルスの瞳が、一瞬、灰色に濁る。


 それは無垢な子供の目ではなく、獲物を仕留めた「捕食者」の眼光だった。


 アルダシールは息を呑んだ。


 家畜を殺しているのは、安禄山の刺客(影喰)だけではない。その影に惹き寄せられ、内なる暴力性を解放し始めている「アルス自身」でもあるのだ。


「お父さん、なんでそんなに怖い顔するの? 僕は、お母さんを守るために強くならなきゃいけないんだよ?」


 アルスが近づこうとすると、近くにいた村人たちが、弾かれたように後ずさった。


 かつてアルダシールを歓迎した彼らの目は、今や憎悪と恐怖に満ちている。


「ボォ。里の連中は、なんと?」


 背後に立った長老ボォに、アルダシールは低く問いかけた。


「『災いの子』だと言っている。お前さんが来た時から、この里の歯車は狂い始めたとな。アルダシールよ、もう薬草茶で誤魔化せる段階は過ぎたぞ」


 ボォが杖で指し示したのは、里の境界を流れる小川だった。


 そこには、上流から流れてきた黒い泥のような液体が溜まり、腐臭を放っていた。


 家畜の死体から漏れ出した呪詛が、里の聖域を物理的に汚し始めている。


 その時。


 霧の向こうから、地響きのような「笑い声」が届いた。


(熟したな。ディーヴの種が、血の味を覚えた)


 アルダシールの脳を直接引き裂くような、安禄山の嘲笑。


 アルダシールは、納屋の奥に隠していた、錆びついたはずの直刀を掴み出した。


 握った瞬間、刀身が主の怒りに応えるように、キィィィンと鳴いた。


「アルス、メイファ。俺の背中から離れるな」


 五年の沈黙が破られた。


 家畜の血で汚された平和が、今、完全に瓦解する。




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