俺の血が濃すぎた?
月日は、爾瑪の里を流れる小川のように、穏やかで残酷なほど等しく過ぎていった。
アルダシールは、すっかり里の風景に馴染んでいた。
七尺二寸の巨躯を折り曲げ、村人と共に籾を運び、家を建てる。彼の一振りで立ち上がる柱は、里のどの家よりも頑丈だった。
だが、メイファの腹が大きくなるにつれ、彼は言い知れぬ「異様さ」を感じ始めていた。
「アル、見て。この子、まだお腹の中にいるのに、こんなに元気がいいの」
メイファが苦笑しながら腹を押さえる。
外から見てもわかるほど、腹の形がボコりと歪む。それは「胎動」と呼ぶにはあまりに力強く、まるで中で小さな巨人が暴れているようだった。
「ああ。そうだな」
アルダシールが大きな掌を添えると、内側から凄まじい衝撃が伝わってきた。
普通の赤ん坊ではない。
自分の中に眠る、あの忌まわしきディーヴの血が、早くも形を成そうとしている。
ある夜、里の長老ボォが、アルダシールの家を訪ねてきた。
ボォはランプの光を絞り、深刻な面持ちで彼を見つめた。
「アルダシールよ。里の周りの森で、家畜の死体が見つかった。どれも、首をねじ切られ、中身を啜られている」
アルダシールの眉が動いた。
「狼か?」
「狼なら、骨まで食う。だが、それはただ『弄ばれた』痕だった。まるで、飢えた子供が遊びで獲物を壊したようにな」
ボォの視線が、一瞬だけメイファの大きな腹へ向かった。
「お前さんの血は濃すぎる。この里に、新たな『鬼』が生まれようとしているのではないか」
「俺の子は、俺が育てる。人としてだ」
アルダシールは低く、自分に言い聞かせるように応えた。
そして、その日は来た。
嵐の夜だった。
爾瑪の里を激しい雷鳴が揺らす中、アルダシールの家に、産声が響き渡った。
いや、それは産声というより、獣の咆哮に近かった。
「アル、見て。私たちの、アルスよ」
力尽きたメイファの腕の中にいたのは、生まれたばかりとは思えないほど骨格のしっかりした赤ん坊だった。
産着からはみ出した足は、既に大人の指ほども太い。
アルダシールが恐る恐るその子を抱き上げた時、赤ん坊の拳が彼の胸板を叩いた。
「ッ」
鈍い痛みが走る。
その瞬間、アルダシールは確信した。
この子は、いつか自分を凌駕する存在になる。
そして、この子の存在そのものが、隠れ里という安息を終わらせる狼煙になるのだと。
窓の外、雷光に照らされた森の奥で。
何百もの「紅い眼」が、アルダシールの家をじっと見つめていた。
安禄山の影は、既にすぐそこまで忍び寄っていた。




