影の熱に倒れる夜
北へ向かうと決めたあと、三人は丘を離れた。夜の冷気が山道を流れ、星の光が弱まっていく。アリアは胸の奥の熱が引かず、歩くたびに息が浅くなるのを感じていた。
「アリア。歩けるか」
アルダシールが横目で見た。アリアは頷こうとしたが、足がふらついた。
「大丈夫、だと思う」
「思うではない。顔色が悪い」
その瞬間、胸の奥で銀華が鋭く叫んだ。
「アリア。止まれ」
アリアは返事をしようとしたが、言葉が出なかった。視界が揺れ、星が滲む。足元の影が波打つように揺れた。
「アリア」
アルダシールが駆け寄ったが、その前にアリアの体が崩れた。地面に倒れ込む寸前、銀華の声が胸の奥で震えた。
「影の熱が限界だ。アリアが持たない」
アルダシールが抱きとめ、アリアを背負った。
「どこか休める場所を探す」
「無駄だ。影喰の残滓がこの山に残っている。止まれば飲まれる」
銀華の声は焦っていた。これまでにない緊迫だった。
「ではどうする」
「北へ向かうしかない。封印の近くなら、アリアの影は安定する」
アルダシールは強く頷き、アリアを背負ったまま歩き出した。
そのときだった。
道の先で、白いものが揺れた。
風ではない。
影でもない。
光でもない。
白い“尾”のようなものが、木々の間を横切った。
「銀華。今のは」
「私ではない。別のものだ」
銀華の声が震えた。
「封印が揺れている。千年前に散ったものが、戻り始めている」
アリアは意識が薄れながらも、白い尾を見た気がした。
その瞬間、胸の奥の熱が少しだけ和らいだ。
「アリア。聞こえるか」
アルダシールの声が遠くで響く。
「大丈夫。まだ大丈夫」
アリアはかすかに答えた。
白い尾は、北の方へ消えていった。
まるで三人を導くように。
「行くぞ。あれを追う」
アルダシールが歩き出す。
銀華が静かに言った。
「アリア。あなたは今、境目にいる。影に落ちるか、記憶が開くか。そのどちらかだ」
アリアは背中で揺られながら、白い光の残像を見つめた。
北へ向かう旅は、もう後戻りできなかった。




