呼ばれた名前
夜が明けた。
霧は消え、
村は静かな朝の光に包まれていた。
まるで昨夜の恐怖が
すべて夢だったかのように。
だが、
アリアの胸の奥だけは、
まだ冷たく震えていた。
銀華の気配が、
眠りながら“怒り”を帯びている。
アリア
あれは、まだ近くに
アリアは深く息を吸った。
「銀華。
逃げるのは、もう終わりにする。」
アルダシールが振り返る。
「アリア?」
「南じゃない。
影喰は“西”に向かった。
村の人が言ってた。
昨夜、祠とは逆の方角で“影が歩いた”って。」
アルダシールの表情が険しくなる。
「誘導されていた、ということか。」
アリアは頷いた。
「影喰は、私たちを南へ向かわせたかった。
でも本当は
別の目的で動いている。」
そのとき、
村の外れから老人が駆け寄ってきた。
「お、お嬢さん!
見てくだされ!」
老人の影が、
薄い。
地面に落ちているのに、
輪郭が曖昧で、
朝日を受けても濃くならない。
アリアは息を呑んだ。
「影喰に?」
老人は震える声で言った。
「西の古道で
“尾の形をした影”が歩いておった
わしの影を、少し持っていかれた」
アルダシールが老人の影に手をかざす。
「これは“痕跡”ではない。
影喰が“探している”影だ。」
アリアは胸に手を当てた。
「銀華。
影喰は、誰を探しているの?」
銀華の声は、
眠りの底でかすれていた。
私ではない
アリアでもない
“別の影”
あれは、形を集めている
アリアは目を見開いた。
「尾を揃えるためじゃない?」
違う
“形”を
“自分の形”を
取り戻そうとしている
アルダシールが低く呟く。
「影喰は、ただの怪異ではない。
意思がある。
目的がある。」
アリアは拳を握った。
「だったら
私たちが追う。
影喰の目的を止める。
銀華の尾を取り返す。」
銀華の気配が、
眠りながらも熱を帯びた。
アリア
それは危険だ
「危険でもいい。
逃げてばかりじゃ、
何も変わらない。」
アルダシールはしばらく黙っていたが、
やがて静かに頷いた。
「わかった。
西へ向かおう。
影喰の“本当の目的”を確かめる。」
アリアは村を振り返った。
朝の光の中で、
村人たちの影がどれも薄い。
影喰は、
この村を“通り過ぎただけ”だった。
目的は別にある。
アリアは歩き出した。
西の古道へ。
影喰の“行動”が始まった場所へ。
そのとき
風もないのに、
アリアの影が揺れた。
遅れて、
もう一度揺れた。
そして、
微かに聞こえた。
「かえせ〜
〇〇…」
アリアの名ではない。
知らない名前。
アリアは立ち止まった。
「誰?」
銀華の声が震えた。
アリア
影喰は
“別の誰か”を呼んでいる
アリアは静かに息を吸った。
「行こう。
影喰の“探しているもの”を見つける。」
西の古道へ向かう道は、
朝日を受けて明るいのに、
どこか冷たかった。
まるで
影だけが先に歩いているように。
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