夜明けの村
夜が明けた。
霧は消え、
村は静かに朝の光を受けていた。
まるで昨夜の出来事が
すべて“夢”だったかのように。
アリアは祠を離れ、
村の中央にある井戸の前で立ち止まった。
水面は澄んでいる。
空が映っている。
自分の顔も映っている。
はずだった。
アリアは息を呑んだ。
水面に映った自分の影が
“遅れて”動いた。
「え?」
アリアが瞬きをすると、
影は元に戻っていた。
アルダシールが近づく。
「どうした」
「いま、影が、」
言いかけたとき、
井戸の底から“音”がした。
ポチャン
水滴が落ちたような音。
だが、
井戸の縁には水滴など落ちていない。
アルダシールが覗き込む。
「誰かいるのか?」
返事はない。
代わりに
井戸の底から“白い毛”が一筋、
ゆっくりと浮かび上がってきた。
アリアの胸が強く脈打つ。
銀華の声が、
眠りの底から震えた。
アリア
そこから離れろ
アリアは後ずさる。
井戸の水面が、
ゆっくりと波紋を広げた。
誰も触れていないのに。
波紋は広がり、
やがて“尾の形”になった。
アルダシールが剣に手をかける。
「これは、祠の気配じゃない」
アリアは震える声で言った。
「じゃあ、何?」
銀華の声が、
かすれた囁きで答えた。
“探している”
私ではなく
アリア
お前を
アリアの影が、
また遅れて揺れた。
井戸の水面が、
ゆっくりと“笑った”。
水は笑わない。
だが、
波紋がそう見えた。
アリアは胸を押さえた。
「銀華、
影喰は、どこにいるの?」
銀華の返事はなかった。
ただ、
井戸の底から聞こえた。
ポチャン
ポチャン
“何かが這い上がる音”。
アルダシールが叫んだ。
「アリア、離れろ!」
アリアは走り出した。
井戸の水面が、
最後にひとつだけ波紋を作った。
尾の形をした波紋。
“見つけた”と言うように。




