水路
水が、逆流していた。
池の底で裂けた“何か”の余波が、
水路全体を震わせている。
水面は泡立ち、
石壁に沿って走る水脈が、
まるで生き物のように脈打っていた。
アルダシールは、
アリヤの身体を抱えたまま水面へ浮上した。
アリヤの呼吸は浅い。
瞳は揺れ、
心の奥に“別の声”がまだ残っている。
「大丈夫だ、アリヤ。
まだ間に合う」
アリヤはかすかに首を振った。
「影が
私の“形”を
変えようとしてる」
その声は、
彼女自身のものと、
影の主の“囁き”が混ざったように聞こえた。
アルダシールは彼女を抱え、
池の縁へと泳ぎ出した。
だが
水路の奥から、
“何か”が追ってきていた。
水の流れとは逆方向に、
黒い影が滑るように迫ってくる。
影影だった。
だが、
これまでの影影とは違う。
輪郭が濃い。
形がある。
昼の光の下でも“存在”している。
アリヤが震えた。
「昼なのに
影影が
形を持ってる」
アルダシールは歯を食いしばった。
「宮殿が“器”になり始めている。
影の主が、
この場所を完全に掌握しようとしているんだ」
水路の出口へ向かう。
だが
出口の鉄格子が、
ゆっくりと閉じ始めていた。
ギィ
ギギ
ギギギ
水の中で、
鉄が軋む音が響く。
アリヤが息を呑んだ。
「閉じられる
外側から
誰かが」
アルダシールは叫んだ。
「間に合う!」
彼はアリヤを抱えたまま、
水を蹴って出口へ向かった。
影影が迫る。
水面を割り、
黒い腕のようなものが伸びてくる。
アリヤの足首に触れた瞬間、
彼女の身体が痙攣した。
「やだ
来ないで
私の中に
入らないで!」
アルダシールは彼女を抱き寄せた。
「アリヤ!
お前はここにいる!
影の声じゃない、
お前の声を思い出せ!」
アリヤの瞳が揺れた。
その奥で──
別の光が瞬いた。
銀色の光。
アリヤの唇が震え、
彼女自身の声ではない“澄んだ声”が漏れた。
「走れ。
まだ間に合う。
影の主は“外側”を閉じた。
だが“内側”はまだ閉じきれていない」
アルダシールは息を呑んだ。
「アリヤ、なのか?」
アリヤの瞳は揺れ、
その奥で銀華の声が重なった。
「私は、、、アリヤの奥に眠る“もう一つの形”。
影の主に奪われる前に
目覚めなければならない」
アリヤの身体が震えた。
影影が迫る気配が濃くなる。
銀華の声が続けた。
「急げ。
“外側”が閉じる前に」
アルダシールはアリヤを抱え、
鉄格子の隙間へ身体をねじ込んだ。
鉄が肩に食い込み、
皮膚が裂ける。
影影の腕が、
アルダシールの背中を掴んだ。
冷たい。
骨の奥まで凍るような感触。
アリヤが叫んだ。
「やめて!!
彼は
彼は関係ない!!」
影影の動きが一瞬止まった。
その隙に、
アルダシールは全身の力を使って
鉄格子の隙間を抜けた。
影影の腕が、
鉄格子に挟まれた。
ギギギギギ
影影が、
鉄を押し広げようとしている。
アルダシールはアリヤを抱え、
水路の奥へ走った。
背後で、
鉄格子が悲鳴を上げる。
ギギギギギ
ギギギギギギギギギギ
アリヤが震える声で言った。
「追ってくる
影影が
形を持ったまま
昼の光の下でも
動けるようになってる」
アルダシールは言った。
「宮殿が“器”になったからだ。
影の主が、
この場所を完全に支配し始めた」
水路の奥へ進む。
だが
水路の壁が、
ゆっくりと“形を変え始めていた”。
石が歪む。
水の流れが逆転する。
天井が低くなる。
アリヤが息を呑んだ。
「宮殿が
書き換えられてる
私たちを
閉じ込めるために」
アルダシールは走り続けた。
だが、
水路の先が“二つに分かれていた”。
右は暗闇。
左は光。
アリヤの瞳が揺れた。
「光のほうは
罠
影の主が
“逃げ道に見せかけた道”を作ってる」
アルダシールは迷わず暗闇へ進んだ。
その瞬間
アリヤの胸の奥で、
銀華の声が再び響いた。
「まだ行ける。
“内側”は完全には閉じていない」
背後で、
影影が鉄格子を破壊する音が響いた。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
水路全体が震えた。
アリヤが叫んだ。
「来る!!
影影が
完全に形を持って
追ってくる!!」
アルダシールは走り続けた。
暗闇の奥で、
銀華の声が静かに重なった。
「急げ。
“外側”が閉じる前に」




