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ハプロB51 鬼と狐  作者: 秋津ネオ
10/12

水路


水が、逆流していた。


池の底で裂けた“何か”の余波が、

水路全体を震わせている。

水面は泡立ち、

石壁に沿って走る水脈が、

まるで生き物のように脈打っていた。


アルダシールは、

アリヤの身体を抱えたまま水面へ浮上した。


アリヤの呼吸は浅い。

瞳は揺れ、

心の奥に“別の声”がまだ残っている。


「……大丈夫だ、アリヤ。

 まだ間に合う」


アリヤはかすかに首を振った。


「……影が……

 私の“形”を……

 変えようとしてる……」


その声は、

彼女自身のものと、

影の主の“囁き”が混ざったように聞こえた。


アルダシールは彼女を抱え、

池の縁へと泳ぎ出した。


だが──

水路の奥から、

“何か”が追ってきていた。


水の流れとは逆方向に、

黒い影が滑るように迫ってくる。


影影だった。


だが、

これまでの影影とは違う。


輪郭が濃い。

形がある。

昼の光の下でも“存在”している。


アリヤが震えた。


「……昼なのに……

 影影が……

 形を持ってる……」


アルダシールは歯を食いしばった。


「宮殿が“器”になり始めている。

 影の主が、

 この場所を完全に掌握しようとしているんだ」


水路の出口へ向かう。


だが──

出口の鉄格子が、

ゆっくりと閉じ始めていた。


ギィ……

ギギ……

ギギギ……


水の中で、

鉄が軋む音が響く。


アリヤが息を呑んだ。


「……閉じられる……

 外側から……

 誰かが……」


アルダシールは叫んだ。


「間に合う!」


彼はアリヤを抱えたまま、

水を蹴って出口へ向かった。


影影が迫る。

水面を割り、

黒い腕のようなものが伸びてくる。


アリヤの足首に触れた瞬間、

彼女の身体が痙攣した。


「……やだ……

 来ないで……

 私の中に……

 入らないで……!」


アルダシールは彼女を抱き寄せた。


「アリヤ!

 お前はここにいる!

 影の声じゃない、

 お前の声を思い出せ!」


アリヤの瞳が揺れた。

その奥で──

別の光が瞬いた。


銀色の光。


アリヤの唇が震え、

彼女自身の声ではない“澄んだ声”が漏れた。


「走れ。

 まだ間に合う。

 影の主は“外側”を閉じた。

 だが“内側”はまだ閉じきれていない」


アルダシールは息を呑んだ。


「……アリヤ……なのか?」


アリヤの瞳は揺れ、

その奥で銀華の声が重なった。


「私は……アリヤの奥に眠る“もう一つの形”。

 影の主に奪われる前に……

 目覚めなければならない」


アリヤの身体が震えた。

影影が迫る気配が濃くなる。


銀華の声が続けた。


「急げ。

 “外側”が閉じる前に」


アルダシールはアリヤを抱え、

鉄格子の隙間へ身体をねじ込んだ。


鉄が肩に食い込み、

皮膚が裂ける。


影影の腕が、

アルダシールの背中を掴んだ。


冷たい。

骨の奥まで凍るような感触。


アリヤが叫んだ。


「やめて!!

 彼は……

 彼は関係ない!!」


影影の動きが一瞬止まった。


その隙に、

アルダシールは全身の力を使って

鉄格子の隙間を抜けた。


影影の腕が、

鉄格子に挟まれた。


ギギギギギ……


影影が、

鉄を押し広げようとしている。


アルダシールはアリヤを抱え、

水路の奥へ走った。


背後で、

鉄格子が悲鳴を上げる。


ギギギギギ……

ギギギギギギギギギギ……


アリヤが震える声で言った。


「……追ってくる……

 影影が……

 形を持ったまま……

 昼の光の下でも……

 動けるようになってる……」


アルダシールは言った。


「宮殿が“器”になったからだ。

 影の主が、

 この場所を完全に支配し始めた」


水路の奥へ進む。


だが──

水路の壁が、

ゆっくりと“形を変え始めていた”。


石が歪む。

水の流れが逆転する。

天井が低くなる。


アリヤが息を呑んだ。


「……宮殿が……

 書き換えられてる……

 私たちを……

 閉じ込めるために……」


アルダシールは走り続けた。


だが、

水路の先が“二つに分かれていた”。


右は暗闇。

左は光。


アリヤの瞳が揺れた。


「……光のほうは……

 罠……

 影の主が……

 “逃げ道に見せかけた道”を作ってる……」


アルダシールは迷わず暗闇へ進んだ。


その瞬間──

アリヤの胸の奥で、

銀華の声が再び響いた。


「まだ行ける。

 “内側”は完全には閉じていない」


背後で、

影影が鉄格子を破壊する音が響いた。


ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


水路全体が震えた。


アリヤが叫んだ。


「来る!!

 影影が……

 完全に形を持って……

 追ってくる!!」


アルダシールは走り続けた。


暗闇の奥で、

銀華の声が静かに重なった。


「急げ。

 “外側”が閉じる前に」


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