論理の限界
「ミト。印籠の敗北ですか。……素晴らしい」
大礼官ゲンが去った広場で、ロウは静かに懐から、この国の古礼の写しを取り出した。「形が絶対の国は、そのルールによってしか倒せません。あの老人は、自分自身が千年の掟そのものだと信じ込んでいる。ならば、その掟そのもので、縛り首にして差し上げましょう」
だが、翌朝。ジンの流刑を正式に天へ告げ、確定させる儀が大礼殿で執り行われた際、ロウの目算は、冷酷に打ち砕かれることになる。
最奥の一段高い座に就くゲンに対し、賓客として殿の隅に席を許されていたロウは、寸分違わぬ古式の礼を取って立ち上がった。「異議がございます、大礼官ゲンどの。他国の権威ではなく、貴国の千年の古礼を以て申し上げます」
ロウは、ジンの上申が国の存亡に関わる大河の氾濫であるがゆえに「三つ折り」の形式こそが古礼に適うこと、そしてゲンが中身を読む前に、包みの畳み方だけで裁いた不備を、鋭い論理の刃で突きつけた。
しん、と殿が静まり返る。しかし、ゲンは鉄の棒のような背筋を、ピクリとも動かさなかった。感情を置き忘れたような目が、冷徹にロウを射抜く。
「……何を“国の存亡の警め”と判ずるか――それを定めるは、大礼官たる私の、専権である。私はあの上申を、存亡の警めとは認めなんだ。ゆえに、受呈の礼も適用されぬ。瑕疵はない」
「ですが、軽重を判ずる専権そのものが、古礼を読んだ後にしか生じないと――」
「黙せよ、異国の書生」ゲンは乾いた声で、ロウの言葉を上から圧殺した。「当国において天に通ずるは、私が体現する形式のみ。その屁理屈、我が国の千年の形式は、その理屈すら内包して平伏させる。下級官ジンの除籍、ならびに流刑の執行を、天へ告げる。――以上だ」
反論の余地すら与えぬ、絶対的な仕組みの壁。ロウの羽根ペンを握る指先が、屈辱に小さく震えた。完璧に組み立てたはずの論理が、形式そのものが持つ理不尽な巨大さに、完敗したのだ。ジンは縄を打たれ、そのまま殿の奥へと連行されていく。
「……ここまで、ですな、カクよ」スケが所在なく懐の紋章器を握りしめ、力なく呟いた。「アレも効かねえ、ロウ様の書類も通用しねえ。この国じゃ、俺たちはただの、異分子だ」
「ロウ、そこまでですわ」
その時、殿の隅でずっと静観していたミトが、ゆっくりと立ち上がった。彼女は手にしていた美しい扇を、静かに卓の上へと置く。
「ミト……?」ロウが驚いた顔で振り向く。
「おやめなさい、ロウ。書類で勝てないのなら、別の言葉が要るだけですわ。……カク。スケ。何を落ち込んでいらっしゃいますの」
ミトは二人を見据え、その気品に満ちた素顔に、おそろしく鋭い、不敵な笑みを浮かべた。
「お父様に叩き込まれた、あの地下倉庫の日々。わたくしが三日三晩やっていたのは、目利きだけではなくてよ。カビの生えた大量の荷物を分類し、滞った帳簿と突き合わせる、泥臭い『実務』そのものですわ。――名も論理も通用せぬ檻ならば、わたくしたち自身の、この手足で。力技で、ぶち壊して差し上げましょうわ」




