砂に刻む帳簿
黄金の都が陽炎の彼方へと遠ざかる甲板の上、熱い風が吹き抜けるなか、奇妙な光景が広がっていた。
「よいか、ナーラ殿。砂漠の夜は、ラクダの歩みも鈍る。だが、北のフェナリエ領へ抜ける裏道、オアシスの枯れ具合――隊商の動かし方の一切さえ頭に叩き込んでおけば、サディラ王家の徴税吏どもの目を完全に巻いて、交易路を動かせる。これをお嬢様が解放した娘たち全員の『足』にするんだ」
御者台から降りたカクが、いつになく真剣な顔で、砂上船の床に広げた簡素な地図を指さしていた。その隣ではスケが、手際よく、資材の重量配分や流通の帳尻の合わせ方を娘たちに説いている。
「おうよ。王が頭を下げたからって、明日からの食い扶持がなけりゃ、またあいつらは別の『値札』を貼られて、棚に並べられちまう。ヴァルハイトの『名』はここに置いていけねえが、この御者台の知恵と実務なら、いくらでもあんたたちの血肉にできる」
印籠を掲げて大見得を切る機会を奪われた二人は、しかし、ふてくされるどころか、かつてないほど泥臭く、徹夜で娘たちの「手足」となる知識を叩き込んでいた。かつて兵士として戦場を駆け、馬喰として場数を踏んできた彼らの本質が、いま、箱の外で剥き出しになって輝いている。
ナーラは、二人が砂に刻むようにして教えてくれる実務の言葉を、貪るように書き留めていた。その目はもう、「花」のそれではない。自らの足で荒野を歩む、ひとりの人間の意思に満ちていた。
天蓋の陰からその様子を静かに見守っていたミトは、手にしていた扇を、そっと胸元で握りしめた。
「……見事なものですわね、ロウ」
「ええ」書物から目を離したロウが、静かに眼鏡の奥の目を細める。「印籠は、相手をその場で平伏させるだけの、いわば『一瞬の閃光』だ。ですが、彼らが今やっているのは、光が消えたあとの暗闇を生き抜くための『持続する灯火』の譲渡だ。名なき実務こそが、世界を底から変える。あなたのお父上が、地下倉庫であなたに本当に教えたかったのも、それかもしれません」
ミトは微笑んだ。完璧な公爵令嬢の仮面の裏から、ふっと、十九歳の等身大の少女の、熱い戦意が覗く。
「わたくしたちが置いてきた是正が、本当に根づくかどうか。それは名ではなく、彼女たちの手にかかっていますのね。結構ですわ――わたくしも、ただ気品で踏み潰すだけの漫遊に、少々退屈し始めていたところですもの」
砂上船は国境の砂の海を越え、湿った霧の緑へと進路を取る。だが、ミトもロウも、まだ知らなかった。次の国――千年の形式がすべてを支配する、漆と序列の国、礼華宮国にて、彼らの「名」と「論理」が、初めて冷酷に完敗することになる未来を。




