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黄金のもてなし

砂は海のように波打っていた。

その金色の波を、一隻の船が滑っていく。帆は風ではなく、船腹に刻まれた古い水利魔法の文様で進む“砂上船”。鏡の国を出た一行を国境の宿場から迎えに来た、黄金と泉の国――サディラ王国の差し回しだった。

「……船というから、もっと涼しいものかと思っておりましたわ」

甲板の天蓋の下、ミトは扇で顔をあおぎながら、げんなりと呟いた。旅装の上着はとうに脱ぎ、薄手の旅衣に替えている。

(湯浴みどころか、このままでは干物になってしまいますわ。世界とは、どうしてこう、極端なのかしら。鏡の国はまばゆいばかりで疲れ、こちらは焼けるばかりで疲れる。ちょうど良い国は、どこにございますの)

船べりでは、カクとスケが、生まれて初めての砂上船にすっかり翻弄されていた。

「ス……スケよ。揺れる。海でもないのに、揺れるぞ」

「揺れますな、カクよ……これは陸酔いと申すのでしょうか……」

「申すかもしれん……うっ」

二人がそろって船べりに突っ伏すのを尻目に、ロウだけはいつものように書物を膝に広げ、涼しい顔で資料を読み込んでいた。

「ミト、到着前に、この国の構造を頭に入れておいていただけますか」

「ええ、どうぞ。退屈しのぎになりますわ」

「サディラは砂漠のただ中にありながら、大陸でも有数の富国です。理由は、地下水脈を王家がことごとく握っているからだ。乾いた国ほど、水を制する者が人を制す。そして、もう一つ。この国は“もてなし”の手厚さで知られています。最上の賓客には、“花”を贈る、と」

ミトは扇の動きを止めた。「花、ですって」

「草木のことではありません。装いを凝らした若い女たちのことです。もてなしの品として、客に“差し上げる”。それがこの国で最も格式高い歓待だとされている」

甲板の上を、乾いた風が抜けていった。ミトはしばらく何も言わなかった。あおいでいた扇は、いつのまにか、ぴたりと止まっている。

「ロウ」と彼女は静かに言った。「わたくし、この世でいちばん嫌いなものをご存じ?」

「存じています」ロウは即座に答えた。「人を人として数えない者。値札を貼って棚に並べる者。――今回の相手は、まさにそれです」

「ええ」ミトは扇をぱちん、と閉じた。「では、いつもより、念入りに磨いて差し上げないと」

「ただし」とロウは釘を刺すように続けた。「今回はいつものようにはいきません。鏡の国の王子のように、向こうから侮辱してくれる愚か者は、もう出てこないでしょう。我々の評判は、もうこの国に届いている。だから、サディラは“完璧なもてなし”で迎えるはずです」

やがて砂の地平の彼方に、それは姿を現した。塔も、壁も、円蓋も、ことごとくが金で葺かれ、灼熱の陽を照り返している、サディラの王宮。

砂上船の着く広場には、すでに盛大な出迎えが整っていた。ずらりと並ぶ廷臣たちの先頭で、恰幅のよい男が満面の笑みを浮かべて両腕を広げた。

「おお! おお、ようこそ、はるばる! お待ちしておりましたぞ、ヴァルハイト公爵家のご令嬢!」

サディラの宰相だった。彼は鏡の国での噂を知っているがゆえに、ミトの姿を見るや否や、こちらが口を開くより先に、地べたにドロリと平伏してみせた。

「ご高名はかねがね! 鏡の国での、あの見事なお裁きの話も、もう我が国にまで届いておりますとも! されば我らサディラは、最上の礼をもって、最上のもてなしをご用意いたしました!」

その言葉と同時に、天蓋の奥から、しずしずと若い娘たちの一団が進み出てきた。一様に黄金の装飾で飾り立てられ、薄絹をまとい、伏し目がちに立っている。

「我が国の、最上の“花”にございます」宰相は平伏した姿勢のまま、誇らしげに両手を広げた。「どうぞ、お気に召すままに。賓客への、我らの心づくしにございます」

御者台から降りてきたカクとスケが、これ幸いと懐の紋章器に手を伸ばす。

「カクよ! 相手はもう平伏してるが、ここでお嬢様の『アレ』を突きつけて、この悪趣味な人身売買を止めさせてやろうじゃねえか!」

「おうよ、スケよ! ヴァルハイト公爵家の名のもとに、命令してやるんだ!」

二人が弾かれたように前に出ようとした。だが――。

平伏しているはずの宰相は、床に額をこすりつけたまま、くつくつと低く笑った。

「おや、ヴァルハイトの従者どの。我が国は、公爵家への不敬など一言も働いておりませぬぞ? それどころか、国主たる王と同等の最高格式をもって、この『花』を捧げている。……高貴なるヴァルハイトの名が、他国の『正当なもてなしの伝統』を、暴力で踏みにじるおつもりですか?」

「なっ……!?」

カクとスケの足が、ぴたりと止まった。

宰相は顔を上げない。額を床につけたまま、言葉の刃だけを正確に突き返してくる。

「我が国において、これは水への感謝を表す神聖な伝統。不敬も無礼も、どこにもない。……さあ、偉大なるヴァルハイトの姫君。この平伏を受け入れ、我らの誠意たる『花』を、お納めいただけますな?」

カクとスケが、狼狽して懐の紋章器を握りしめたまま、凍りついた。

平伏している。名の力に屈してはいる。だが、相手は「平伏したまま、制度を盾に居直っている」のだ。印籠をいくら掲げたところで、相手がすでに頭を下げている以上、それ以上は何も強制できない。

「名」だけでは、悪習という制度は、一ミリも変えられない。

初めて突きつけられた印籠の限界に、広場はしんと静まり返った。

その黄金の隊列の中で、ミトは動かなかった。ただ、一人の娘が、ほんの一瞬だけ、伏せていた目を上げた。ミトと、視線が合った。何かを必死に堪えている、ひとりの人間の目だった。

ミトは、その一瞬を見逃さなかった。彼女はゆっくりと扇を開いた。面には、非の打ちどころのない、完璧な微笑み。

「まあ、ご丁寧なこと」と彼女は言った。声は絹のように柔らかかった。「では、宰相どの。そのお心づくし――遠慮なく、頂戴いたしますわ」

宰相が満足げに、平伏したまま口の端を歪める。その隣で、ロウがほんのわずかに目を伏せた。心得たように。

(頭を下げたまま牙を剥く愚者ですか。結構。ならば――その頭を二度と上げられぬよう、あなたの愛する『制度』ごと、裏から窒息させて差し上げましょう)

二人がかりの裁きが、黄金のもてなしの裏で、静かに動き始める。


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