↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

第8話 吉野からの使者

 一月《ひとつき》後。

 師直《もろなお》の監視の隙を突き、直義《ただよし》は正行《まさつら》を伴って都を出た。向かった先は大和。

 正行の『楠木《くすのき》の花押《かおう》』が記された書状は、想定していた以上に早く吉野を動かし、南朝への帰順《きじゅん》と『師直討伐の綸旨《りんじ》』が電光石火で下されたのである。


 白い陣幕《じんまく》が、冷たい風にはためいている。

 武装した兵たちが、周りを警戒している。

 闇夜。

 陣幕に黒く抜かれた二《ふた》つ引両《ひきりょう》が、篝火《かがりび》の中に揺れる。

 大和の大きな寺に、直義はいた。昨年の師直との騒ぎで出家し、恵源《えげん》と名を改めていた直義は、墨染《すみぞ》めの衣という事もあり、この寺の景色に実によく馴染んでいた。

 上座に置かれた厚畳《あつじょう》に、直義がどっしりと座っている。

 その背後には御簾《みす》が下ろされ、中には正行が座っていた。左目尻の矢傷を隠すための白布で顔の半分近くを覆っているにも関わらず、御簾の中にいてもなお、正行は更に扇を広げ素顔を閉ざしていた。

「吉野よりのお使いの方がお見えにございます」

 その声と同時に、白萌黄《しろもえぎ》の直垂《ひたたれ》に折烏帽子《おりえぼし》姿の若者が現れた。

 直義の前に置かれた円座《えんざ》までやってくると座り、深々と平伏する。

「此度《こたび》の足利直義《あしかがただよし》様の帰順、帝《みかど》はたいそうおよろこびにございます」

 御簾の内の正行は目を見開いた。

 耳に響くこの声は。

「お使者殿、まずは面《おもて》を上げられよ」

 直義が、使者に促《うなが》す。使者はゆっくりと顔を上げた。

「お初にお目にかかります、吉野より参りました、──楠木正儀《くすのきまさのり》にございます。以後、お見知りおきを」

 扇を持つ正行の手が震えた。唇が震えた。

 御簾の内から、声の主の顔を確かめようと半ば身を乗り出したが、篝火の陰影や御簾が邪魔をして、表情を窺《うかが》う事はできなかった。

 出て行って確かめたかった。

 だが。

 己は四條畷《しじょうなわて》で散った身。そして、足利の者達を、地獄へ引き摺りこむ者。

 乗り出しかけた身を、茵《しとね》に戻す。

 ──胸の傷がまた、ズキリと痛んだ。


 正儀《まさのり》は直義と話をしながら、背後の御簾の内に人の気配を感じ取っていた。

 何者かいる──。

「正儀殿は……、正成《まさしげ》殿の三男であるか」

 御簾に気を取られていた正儀は、直義の問いかけに我に返った。

「は。仰《おお》せの通り……。上には、四條畷にて散りました兄・正行、正時《まさとき》がおりまする。我が兄ながら、あっぱれな散り際であったと思うております」

 堂々と、まっすぐに直義を見て正儀は答えた。

「……その若さで、正成殿、そして兄達の跡を継ぎ南朝を背負うのは、大変な重責であろう。さすがは楠木の者という所であろうか」

「畏《おそ》れ多きお言葉」

 正儀は深々と頭を下げる。そして。

「直義様。つかぬ事をお伺い致しますが……、そちらの御簾の内にはどなたかおいででしょうか?」

 直義は静かに目を閉じた。

 長い沈黙。

 外の篝火が爆《は》ぜる音。

 どれほど続いただろうか。正儀が沈黙に耐えられず、口を開こうとしたその時。

「なに、少しばかり用兵について教えていただいている学僧でな。何年か前に深手を負い、明日をも知れぬ命だったのだが……、故《ゆえ》あって我が邸《やしき》で手当をし、何とか動けるまで回復したもの」

「学僧殿、……でございますか」

「口をきけるようになってみれば、目を見張るほど兵法に詳しくてな……、以来事あるごとに話を聞いているのだ。そして、今宵も連れてきてしまった」

 正儀は窺うように再び御簾を見た。

 直義のここ数年の戦の仕方は確かに変わったと、正儀も見ている。

 それは御簾の内の、この学僧の用兵だったのか。

 報告を受けて戦況を見る度に、正儀には違和感だけが残っていた。戦の結果は知っているが、報告で聞く直義の動きは、自分ならそうする、と思ったものと同じだった。

「直義様」

 正儀は平伏した。

「……いかがした?」

「そちらの学僧殿と……、絵図面で采配《さいはい》の手合わせを願えませぬか」

 直義が驚くのと同時に、御簾の内で扇をパチン!と閉じる音がした。

「しかしこの学僧はな……、ここから出る事も難しいほどまだ身体《からだ》の自由が利かぬ上、大きな声で話す事も出来ぬが……」

「構いませぬ。私がまず、絵図面に駒を置きまする。こちらを御簾の内へお通し下さいませ」

 正儀は懐から絵図面を出し、板間の上にバサリと広げた。そしてそこにいくつか駒を置き、直義の前へ押し出した。

 直義はわずかに躊躇《ちゅうちょ》したようだが、少しだけ御簾を持ち上げると、駒の置かれた絵図面を下から差し入れた。

第8話<吉野からの使者>をご覧いただき、ありがとうございます!

ちょっと前に師直と揉めた時、直義は出家してるのですが、名前は引き続き「直義」としております(ややこしくなるので(笑))。今回の話でちょろっと法名は出していますが。


次回は<「正儀(まさのり)」>

ご覧いただけましたら幸いです。


【用語】

■二(ふた)つ引両(ひきりょう) 足利家の家紋です。丸に二本線が引かれています。

■円座(えんざ) 丸い座布団のようなものですが、この時代は藁(わら)や蒲(がま)、菅(すげ)などで出来ていたようです。

■茵(しとね) 何度か出ている「褥(しとね)」もありますが、茵は座布団的なもの、褥は布団的なものとしてこちらでは使っています。

■厚畳(あつじょう) 雛人形でお内裏様が座っている畳をイメージしていただければ。百人一首などでも皆さん模様違いのものに座っていますね。身分によって畳の縁の模様が違います。

■白萌黄(しろもえぎ) イメージとしては白みがかった黄緑色が近いでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。