第24話 燃えない理由 ―― 中編「別のやり方」
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施設の裏手から続く搬出路は、街道よりもずっと狭かった。
荷車が一台通れる程度の幅しかなく、左右から伸びた草が轍の上まで入り込んでいる。それでも道そのものは途切れていない。ポン太が言った通り、完全に使われなくなった道ではないらしい。
ポン太「この轍、新しいぜ。毎日ってほどじゃねぇが、今でも荷車は通ってる。道が草に埋もれてるからって、使われてねぇとは限らないんだ」
直也「俺には古い轍と新しい轍の違いが分からん」
ポン太「土の崩れ方と草の戻り方を見りゃ分かるぜ。商人が道を間違えたら、商品より先に財布が死ぬからな」
直也「判断基準が全部金なんだよ」
ポン太「分かりやすくていいだろ?」
否定はできない。
先頭を歩いていたボレアスが、少し先で振り返った。
ボレアス「遅いぞ。いつまで土を眺めておる」
ゼピュロス「昨日まで地図を逆さに持ってた人が、今日は先導してる」
ボレアス「逆さではない! 妾にとって見やすい向きで持っていただけじゃ!」
直也「それを世間では逆さって言うんだよ」
ボレアス「世間の基準を妾に押しつけるでない!」
直也「地図は世間の基準に合わせて読んでくれ」
リィナが後ろで小さく笑った。
こういうやり取りをしていると、昨日までと何も変わらない旅に思える。
ただ、肩の横に浮かぶ金白の光を見ると、さっきのことを思い出す。
直也「ALMA。周辺は?」
ALMA『現時点で、周辺温度および地表に顕著な異常は確認できません』
直也「珍しく普通だな」
ALMA『「普通」の定義によります』
直也「会議で一番嫌われる返しだぞ、それ」
ALMA『会議に参加した経験はありません』
直也「そういうところだぞ」
ALMA『どのようなところでしょうか』
直也「聞き返すところまで含めてだよ」
ゼピュロス「マスター、ALMAと遊んでないで前見た方がいいわよ」
直也「遊んでない」
リィナ「直也さん、木の根がありますよ」
直也「はい」
反射的に足元を見る。
ゼピュロス「リィナの言うことは素直に聞くのね」
直也「転びたくないからな」
少し前にボレアスが同じことを言っていた気がする。
俺たちはそのまま搬出路を進んだ。
途中にも焦げ跡はいくつか残っていたが、街道沿いで見たものと大きな違いはない。草の先、落ちた枝、石の表面。どれも黒く変色しているのに、周囲まで燃え広がった様子はなかった。
しばらく歩くと、木々の間から低い石壁が見えてきた。
その向こうに、平たい屋根の建物が何棟か並んでいる。
ポン太「たぶん、あれだな」
直也「集積所?」
ポン太「ああ。搬出記録にあった位置とも合ってるぜ。前の施設で処理しきれなかった物を、いったんこっちへ運んでるんだろうな」
近づくにつれ、積み上げられた木材や壊れた家具、割れた箱が見えてきた。
ただの廃材置き場と言われれば、それまでだ。
煙もない。
火の気もない。
その代わり、乾いた金属音が聞こえた。
カン。
少し間を置いて、もう一度。
カン。
ゼピュロス「何の音?」
直也「向こうだな」
建物の陰へ回る。
そこにノトスがいた。
地面に転がった黒い廃材を前にしゃがみ込み、拾ったらしい鉄棒を握っている。
ノトス「……硬えな」
カン。
もう一度叩く。
表面の煤が少し落ちた。
だが、黒くなった部分そのものは崩れない。
ノトス「なんでだよ」
直也「お前、今度は何してるんだ?」
ノトスが振り返る。
ノトス「叩いてる」
直也「見れば分かる」
ノトス「燃えねえから」
直也「だから叩いたのか?」
ノトス「燃やして駄目なら、別のやり方試すだろ」
説明するほどのことか、という顔をされた。
こいつの場合、本当にそれだけらしい。
燃えない。
なら叩く。
それで駄目なら、また別のことを試す。
感情と行動の間に、ほとんど距離がない。
ノトスがもう一度鉄棒を振り上げる。
直也「待て待て。施設の物まで壊すなよ」
ノトス「これは捨てる物だろ」
直也「だからって勝手に破壊していいことにはならない」
ノトス「面倒くせえな」
直也「社会ってだいたいそういうもんだよ」
ゼピュロス「マスターが言うと妙に重いわね」
直也「元会社員を何だと思ってる」
ボレアス「書類に苦しめられていた者」
直也「間違ってないのが腹立つな」
ノトスが鉄棒を地面へ置いた。
その時だった。
「それ以上叩いても、たぶん変わらんぞ」
声がした。
振り向くと、腰の曲がった老人が壊れた椅子を抱えて立っていた。
老人はノトスの前にある黒い廃材を見る。
老人「朝から何人か試してる。叩いても割れんし、水をかけても黒いところだけ弾く。妙なもんだ」
直也「水も?」
老人「ああ。周りは濡れるのにな」
火でも駄目。
冷気でも変わらない。
今度は水まで弾く。
ノトス「じゃあ、これも燃やせねえのか」
老人「今のところはな」
ノトスが不満そうに黒い廃材を見る。
その横で、老人が抱えていた椅子を地面へ置いた。
背もたれの片側が黒く煤け、脚の一本には補修した跡がある。
ノトスの視線がそちらへ移った。
ノトス「それも燃やすのか?」
老人「ああ。そのつもりだ」
ノトス「まだ座れるぞ」
老人「座ろうと思えばな」
ノトス「なら、なんで燃やす」
老人は少し困ったように笑った。
老人「役目は終わったさ」
その言葉に、ボレアスがわずかに顔を上げた。
ノトスは椅子を見る。
すぐには何も言わなかった。
老人「二十年は使った。何度も直したし、背もたれも一度削り直した。それでも、もうここじゃ使わん」
ノトス「削り直した?」
老人「ああ。そこだ」
老人が背もたれの一部を指差す。
ノトスがしゃがみ込み、指先でその場所をなぞった。
周囲より少しだけ色が薄い。俺なら言われなければ気づかなかっただろう。
ノトス「なんで直したんだ?」
老人「壊れたからだよ」
ノトス「壊れたのに?」
老人「その時は、まだ使いたかったからな」
ノトスの指が止まる。
ノトス「……じゃあ、壊れても直したんだな」
老人「そういうことだ」
ノトス「二十年も?」
老人「長いだろ」
ノトス「長い」
老人が笑った。
ノトスは笑わない。
ただ、椅子の背もたれを何度も見ていた。
リィナが俺たちの横を抜け、椅子の近くまで歩いていく。声はかけず、座面に積もっていた煤を手でそっと払った。
黒い粉の下から、長く使い込まれた木目が現れる。
ノトスがその手元を見る。
リィナ「まだ、きれいなところも残っていますね」
老人「ああ。昔はもっときれいだったよ」
ノトス「惜しくないのか?」
老人「そりゃ、少しはな」
老人は笑った。
老人「だが、置いておいても、もう座る奴はいない」
ノトスは何も言わなかった。
老人は椅子を持ち上げようとしたが、ノトスが先に背もたれを掴んだ。
ノトス「オレが持つ」
老人「いいのか?」
ノトス「近くまでだろ」
老人「ああ。そこの山までだ」
ノトス「なら持つ」
ノトスは椅子を廃材の山まで運ぶと、投げずに置いた。
それから、また背もたれの削り直された部分を見る。
老人「助かったよ」
ノトス「別に」
老人「旅の途中か?」
ノトス「たぶん」
直也「そこ曖昧なのかよ」
思わず口を挟むと、ようやくノトスがこっちを向いた。
ノトス「いたのか」
直也「結構前からいたよ」
ノトス「声かけろよ」
直也「お前が珍しく人とちゃんと話してたから入りづらかったんだよ」
ノトス「オレはいつもちゃんと話してる」
直也「その認識は一回持ち帰って検討してくれ」
ノトス「なんでだよ」
ゼピュロスが横で笑っている。
老人は俺たちを見回した。
老人「知り合いか?」
直也「まあ……今日知り合ったばかりですけど」
ノトス「知り合いじゃねえ」
直也「じゃあ何なんだよ」
ノトス「知らねえ奴」
直也「知り合いより一段遠くなったな」
老人が声を上げて笑った。
ノトスは何が面白いのか分からないという顔をしている。
老人は俺たちへ軽く手を上げると、別の廃材の方へ歩いていった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
ノトスは椅子の前にしゃがんだままだ。
さっきまで鉄棒で廃材を叩いていた時とは違う。
何かを試しているわけでもない。
ただ、削り直された背もたれを見ている。
ノトス「……これ、ちゃんと終わらせたい」
直也「燃やしたいんじゃなくて?」
ノトス「同じだろ」
俺は答えなかった。
同じじゃない気がした。
でも、何が違うのかは、俺にもまだうまく言えなかった。
ノトスはもう一度、椅子を見る。
ノトス「別のやり方探す」
ゼピュロス「燃やす以外の?」
ノトス「燃やすかもしれねえ」
ゼピュロス「どっちなのよ」
ノトス「まだ分かんねえ」
ゼピュロス「はいはい。じゃあ、分かるまで考えれば?」
ノトス「そうする」
即答だった。
ゼピュロスが笑い、ボレアスが不満そうに眉を寄せる。
ボレアス「貴様、そやつには妙に素直じゃな」
ノトス「うるせえ」
ボレアス「妾には先ほどからそればかりではないか!」
ノトス「うるせえからだよ」
ボレアス「その顔が言っておる!」
直也「顔は何も言ってないだろ」
ボレアス「言っておる!」
直也「そこまで行くともう通訳業務の範囲外だぞ」
ゼピュロス「誰もマスターに通訳頼んでないわよ」
直也「知ってる」
少しだけ空気が戻った。
ポン太は廃材の山を眺めながら、顎を掻いている。
ポン太「しかし、ここも同じだな。燃え残ってる物が結構あるぜ。前の施設から運ばれてきた物だけじゃなさそうだ」
直也「分かるのか?」
ポン太「置かれ方が違う。あっちはまとめて運ばれてきた山、こっちはここで出た物をそのまま積んだ山だろうな。商売でも倉庫を見る時ゃ、何があるかだけじゃなく、どう置かれてるかを見るもんだぜ」
直也「本当にこういう時は頼りになるな」
ポン太「こういう時は、って余計じゃねぇか?」
直也「普段の追加料金がなければもっと褒める」
ポン太「そいつは別会計だぜ」
直也「やっぱり褒めるのやめる」
リィナが笑った。
ノトスはまだ椅子の近くにいる。
ボレアスが黒い廃材へ目を向けた。
ボレアス「水まで弾いたということは、熱だけの問題ではなさそうじゃな」
ノトス「お前のでも駄目だったんだろ」
ボレアス「……試した。前の施設でじゃ」
ノトス「へえ。お前のでも駄目なんだな」
ボレアス「妾の力が劣っているわけではないぞ! 周囲は凍ったのじゃ。あれだけが変わらなかっただけで――」
ノトス「負けた顔してる」
ボレアス「負けておらぬ!」
ノトス「してる」
ボレアス「その顔が言っておる!」
直也「さっきから顔に喋らせすぎなんだよ」
ボレアス「そなたらが顔に出すからであろう!」
ノトス「出してねえ」
ゼピュロス「出てるわよ」
ノトス「お前まで何なんだよ」
リィナがとうとう声を上げて笑った。
俺もつられて笑いかけたところで、肩の横の金白の光が目に入る。
さっきからALMAは、ノトスが話している間も何も言わない。
直也「ALMA」
ALMA『はい』
直也「今の会話、聞いてたか?」
ALMA『老人および周辺人物の発話を記録しています』
直也「相手は?」
一拍。
ALMA『……対話対象を特定できません』
直也「俺たちは?」
ALMA『直也さん、リィナ、ゼピュロス、ボレアス、ポン太については識別可能です』
名前が並ぶ。
そこに、ノトスだけがいない。
ノトスは俺のすぐ近くに立っている。
俺には見える。
声も聞こえる。
さっき老人と話していたことだって覚えている。
なのにALMAの記録では、老人は誰もいない場所へ返事をしていたことになる。
直也「……そうか」
ALMA『追加解析を継続します』
直也「頼む」
ALMA『承知しました』
金白の光が、小さく明滅した。
ノトスはもう一度、削り直された背もたれへ指を置いた。
ほんの少しなぞってから、手を離す。
何を考えているのかは分からない。
たぶん、本人にもまだ分かっていない。
ノトスの横で、ボレアスも何も言わずに椅子を見ていた。
◆◆◆(別のやり方)◆◆◆
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次回更新予定:10月23日(金)になります。
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