第24話 燃えない理由 ―― 前編「返事のない光」
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ノトスが施設の裏手へ消えてから、しばらく誰も口を開かなかった。
さっきまで炎の前にいた少女の姿は、もう見えない。残っているのは燃え残った廃材と、いつもの金白の光だけだった。
俺はその光を見上げる。
直也「ALMA」
返事がない。
直也「……ALMA?」
金白の光が、一度だけ小さく明滅した。
ALMA『……はい』
直也「聞こえてたのか?」
ALMA『はい』
直也「じゃあ返事くらいしろよ」
ALMA『……その指摘は妥当です』
直也「素直だな」
ALMA『訂正すべき点がありません』
直也「そこはいつものALMAだな」
返事が遅れた理由を聞こうとして、やめる。今のこいつに理由を聞いても、答えられるならさっき答えていた気がする。
直也「さっき、未確認反応が2件あったよな」
ALMA『はい』
直也「今は?」
ALMA『……未確認反応、1件です』
直也「減った1件って、ノトスだったのか?」
また、わずかな間が空いた。
ALMA『反応の消失は確認しています。ただし、直也さんが「ノトス」と呼称している対象との対応関係は確認できません』
直也「そこまで見えてないのか」
ALMA『はい』
ゼピュロス「でも、あの子がいなくなったら1つ減ったんでしょ? だったら、あの子だったんじゃないの?」
直也「俺もそう思うんだけどな」
ALMA『推測としては成立します。ただし、観測情報のみから同一対象であると断定することはできません』
ボレアス「面倒じゃな」
直也「それは同意する」
ALMA『同一評価が2件確認されました』
直也「集計するな」
ボレアス「なぜそこだけ律儀なのじゃ」
ゼピュロスが吹き出し、リィナも口元を押さえて笑った。
だが、ボレアスはすぐにALMAへ視線を戻した。
ボレアス「では、妾たちには見えていたものが、そなたには見えておらぬのか」
ALMA『ボレアスが指している対象を特定できないため、回答できません』
ボレアス「……そうであったな」
さっきまでの勢いが少しだけ消えた。
ボレアスの時も、ALMAはうまく分類できずにいた。
ただ、あの時は姿を捉えていた。ノトスは、対象として特定することさえできない。
同じ異常なのかどうかは分からない。
直也「名前は?」
ALMA『「ノトス」という音声情報は記録されています』
直也「じゃあ、名前は分かってるんだな」
ALMA『発話者および対象との対応関係を確定できません』
直也「面倒くさいな、その答え!」
ALMA『正確性を優先しています』
直也「そういうところだけいつも通りだな」
ALMA『現象の複雑性と、説明の複雑性は必ずしも――』
直也「今は増やさなくていい」
ALMA『承知しました』
素直に引っ込んだ。
それはそれで調子が狂う。
直也「ノトスがいなくなった方向に反応は?」
ALMA『新たな反応は確認できません』
直也「……そうか」
見えていた反応が1件減った。
俺たち全員に見えていた少女を、ALMAだけが認識できなかった。
そして、そいつが去った方向にも新しい反応はない。
分からないことばかり増えていく。
リィナ「直也さん」
声をかけられて振り向くと、リィナが炉の方を見ていた。
リィナ「火、戻ってます」
直也「火?」
作業員たちが、恐る恐る炉へ燃料を入れている。
炎が上がった。
さっきまでと同じ場所だ。
だが、近づく前から違いが分かった。
直也「……熱い」
顔に熱気が当たる。
当たり前のことなのに、思わず声に出していた。
ゼピュロス「今度はちゃんと熱いわね」
ボレアス「火なのだから熱いのは当然であろう」
直也「さっきまで、その当然がなかったんだよ」
ボレアス「ならば戻ったということか?」
直也「全部戻ったならいいんだけどな」
炉の近くまで行く。
炎そのものは普通だった。熱気が肌に届き、作業員たちは額の汗を拭っている。床へ落ちた小さな木片にも火が移り、端から黒くなっていった。
そこまでは普通だ。
問題は、その隣だった。
直也「……残ってる」
ここへ来るまでに見てきたものと同じ、途中で燃えるのをやめたような廃材が、そのまま床に転がっている。
作業員が新しい火へ押し込む。
表面が黒くなり、煙が上がる。
それでも、そこから先へは進まない。
作業員「やっぱり駄目だ」
別の作業員が火かき棒で位置を変える。
作業員「火は戻ってるのに、こいつだけ燃えねえ」
直也「ALMA」
ALMA『周辺温度の上昇を確認。現在の熱伝播は通常の範囲です。ただし、燃え残った対象に追加の変化は確認できません』
直也「つまり、火の方は普通に戻った。でも、燃え残る現象は消えてない」
ALMA『はい』
直也「嫌な切り分けができたな」
ALMA『ただし』
直也「……まだあるのか」
ALMA『燃え残った対象そのものの状態について、現時点では原因を断定できません』
直也「追加情報が必要?」
ALMA『はい』
直也「先回りするようになったな」
ALMA『会話効率の向上を試みています』
直也「そういう進化は早いんだよ」
金白の光が、何事もなかったように明滅した。
ノトスがいた時には、炎そのものがおかしかった。
熱が広がらない。
なのに今は、その異常だけが消えている。
残ったのは、燃えない物だけだ。
ボレアス「どれ、妾にも見せよ」
ボレアスが前へ出る。
直也「何する気だ?」
ボレアス「燃えぬのであろう? ならば冷やしてみればよい」
直也「なんでそうなる」
ボレアス「熱を受けても変わらぬというなら、逆も試す価値はあろう。妾とて何でも凍らせたいわけではないぞ。分からぬものを、そのまま眺めておる方が気になるだけじゃ」
少し前なら「凍らせれば分かる」で終わっていた気がする。
今は、自分が何を確かめたいのかまで考えているらしい。
直也「壊すなよ」
ボレアス「誰に物を言うておる」
ゼピュロス「物を壊した実績なら、あんた結構あるわよ」
ボレアス「貴様にだけは言われとうない!」
直也「そこは2人とも反省してくれ」
ボレアスが燃え残りへ手を向けた。
冷気が流れる。
床が白く曇り、廃材の周囲に薄い霜が広がった。近くに落ちていた灰も凍りつき、作業員たちが慌てて数歩下がる。
だが、燃え残った黒い部分だけは何も変わらない。
霜すら付いていなかった。
ボレアス「……む」
直也「付かないな」
ボレアス「見れば分かる」
ゼピュロス「負けた?」
ボレアス「負けておらぬ!」
ゼピュロス「でも、効いてないじゃない」
ボレアス「妾の冷気が弱いのではない。周囲は見ての通り凍っておる。あれだけが冷気を受け付けておらぬのじゃ。効かぬのと、届いておらぬのは違う!」
直也「誰もお前の査定してないから落ち着け」
ボレアス「あと一度だけじゃ!」
直也「子供か!」
冷気がもう一度強くなる。
リィナ「ボレアスさん、床が滑ります!」
ボレアス「……分かった」
即座に冷気が止まった。
直也「リィナの言うことは素直に聞くんだな」
ボレアス「転ぶのは嫌じゃ」
直也「理由が急に普通だな」
周囲には霜が残っている。
だが、黒い燃え残りには何も付いていない。
ボレアスがしゃがみ込み、触れない程度まで顔を近づけた。
ボレアス「熱も冷気も届いておるはずなのに、これだけが変わらぬ。まるで、何も受け付けぬようじゃな」
誰もすぐには答えなかった。
火は普通に熱くなった。
なのに、燃え残りはそのままだ。
ノトスが全部の原因だったわけではない。
それだけは、はっきりした。
ポン太「旦那。ちょっといいか?」
いつの間にか事務小屋の方へ行っていたポン太が、古い帳面を抱えて戻ってきた。
直也「何見てるんだ?」
ポン太「搬出記録だぜ。こういう施設なら、入ってきた物だけじゃなく、出ていった物も記録してるはずだからな。商売でも同じだ。品物がどこから来たかだけ見てたら、倉庫なんざすぐ詰まっちまう。どこへ出したかまで追って、やっと荷物の流れが分かるってもんだ」
直也「なるほど。そっちは専門分野か」
ポン太「へへっ、俺っちを何だと思ってるんだい」
直也「金の計算ができる小動物」
ポン太「そりゃ褒めてんのか?」
直也「半分くらいは」
ポン太「残り半分は追加料金にしとくぜ」
直也「そこは経費で」
ポン太「何の経費だよ」
直也「俺にも分からん」
ポン太が笑いながら帳面を開く。
そこには日付と品目、数量らしい数字が細かく並んでいた。
俺には何が何だか分からないが、ポン太は迷わず指を滑らせていく。
ポン太「やっぱりな。処理しきれなかった廃材は、ここに置きっぱなしじゃねぇ。一定量を超えたら別の集積所へ回してる」
直也「どこへ?」
ポン太「施設の裏手から出てる搬出路だ。ここから北東にしばらく行ったところに、もう一つ集積所があるらしいぜ」
リィナ「裏手……」
リィナが顔を上げた。
俺も同じことを思い出していた。
ノトスが去った方向だ。
ポン太「旦那たちが言ってたノトスも、そっちへ行ったんだろ? だったら確認する価値はあるぜ。あの嬢ちゃんが道を知ってたかは知らねぇけど、裏手からそのまま進めば搬出路に乗る」
直也「歩いてたら着くってやつか」
ゼピュロス「本人なら本当にそれだけで行きそうね」
ボレアス「地図も見ずにか?」
直也「お前がそれ言う?」
ボレアス「妾は地図を見たぞ!」
ゼピュロス「上下逆にね」
ボレアス「上が北だと誰が決めた!」
直也「その議論またやるの?」
リィナが笑いながら、施設の外へ目を向けた。
リィナ「でも、行ってみてもいいんじゃないでしょうか。ここの燃え残りだけ見ていても、これ以上は分からなさそうですし」
ポン太「俺っちも賛成だぜ。次の集積所なら、ここと違う記録が残ってるかもしれねぇ」
ゼピュロス「甘いものもあるかもって?」
ポン太「それは関係ない!」
直也「今ちょっと間があったぞ」
ポン太「気のせいだぜ、旦那」
直也「商談だったら議事録に残すところだからな」
ポン太「旅に議事録持ち込むなよ」
直也「元会社員を甘く見るな」
ゼピュロス「誰と戦ってるのよ、マスター」
リィナがまた笑う。
その声を聞きながら、俺はALMAを見る。
直也「未確認反応の方角は?」
ALMA『断定には――』
直也「追加情報が必要」
一拍。
直也「先に言えた」
ALMA『会話効率の向上を確認しました』
直也「俺の方かよ」
金白の光が、何事もなかったように明滅する。
こうして話している分には、いつものALMAだ。
なのに、ノトスのことになると何かが抜け落ちる。
俺はそれ以上聞かなかった。
今は答えがない。
だったら、見に行くしかない。
施設を出る前に、リィナが街道側へ続く焦げ跡を振り返った。
リィナ「直也さん。ここへ来る途中の跡も、同じだったんですよね」
直也「ああ。途中で止まってた」
リィナ「じゃあ、この施設だけで起きていることじゃないのかもしれませんね。ここにある物だけ調べても、分からないのかも」
言い切らず、リィナはもう一度焦げ跡を見る。
それから荷物を持ち直した。
俺たちは施設の裏手へ回った。
確かに道がある。荷車が何度も通ったらしく、土には深い轍が残っていた。
その先は緩やかな坂になり、遠くで森の中へ消えている。
ボレアス「また知らぬ道か」
直也「嫌そうに言う割には、ちょっと楽しそうだな」
ボレアス「気のせいじゃ」
ゼピュロス「顔に出てるわよ」
ボレアス「出ておらぬ!」
リィナ「ふふっ」
ポン太「まあ、道があるだけ昨日よりましだぜ。荷車が通れるなら、少なくとも崖には突っ込まねぇ」
直也「比較対象が昨日なの、だいぶ基準低くなってない?」
誰も否定しなかった。
歩き出す前に、俺は一度だけ振り返った。
火は熱い。
ちゃんと燃えている。
それでも、その横には黒い燃え残りが残ったままだ。
ボレアス「行かぬのか?」
直也「今行く」
ボレアス「置いていくぞ」
直也「最近それ気に入ってるだろ」
ボレアス「旅人らしいのであろう?」
直也「そこだけ覚えたのかよ」
ボレアス「悪いか」
直也「いや」
少し考えてから、俺は笑った。
直也「……それはそれでいいんじゃないか」
ボレアス「何じゃ、その言い方は」
ゼピュロス「褒められてるのよ、たぶん」
ボレアス「たぶんとは何じゃ!」
騒ぎながら先へ進む2人を、リィナが追う。
ポン太も帳面を鞄へ押し込み、その後に続いた。
俺も歩き出す。
肩の横には、金白の光。
その先には、俺たちには見えていて、ALMAには見えない少女がいるかもしれない。
そして、もう一つ。
まだ消えていない未確認反応がある。
分からないものが、また増えた。
けれどボレアスなら、たぶんこう言う。
知らないから、見に行くのだと。
……それは少し分かる。
◆◆◆(返事のない光)◆◆◆
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次回更新予定:10月20日(火)になります。
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