第22話 追跡開始 ―― 後編「地図にない村」
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目の前には、確かに二本の道があった。片方は、これまで歩いてきたのと同じ、見慣れた街道。もう一方は、木々の間へ静かに続いている、細いが確かな道だった。ポン太が改めて地図を確認するが、やはり本来の街道しか描かれていない。
ゼピュロス「で、どっち行くの」
直也「普通に考えたら、地図にある方だろ」
ボレアス「ならば、こちらじゃな」
彼女が指差したのは、地図にない方だった。
直也「話聞いてた?」
ボレアス「聞いておった。だからこちらじゃ」
直也「なんでだよ」
ボレアス「知らぬ道があるのに、知っておる道へ行って何が面白い」
ゼピュロス「観光じゃないのよ?」
ボレアス「旅とは知らぬものを見るものではなかったのか」
俺は、一瞬、反論の言葉に詰まった。
ポン太「昨日まで荷物すら持ってなかった奴に、旅を語られてるぜ旦那」
ボレアス「昨日の妾と今日の妾を同列に扱うでない」
直也「成長速度がすごいな」
それでも、道は明確に踏み固められており、危険な気配もない。時間にも余裕があった。
直也「変だったら戻るぞ」
ボレアス「最初からそうすればよい」
直也「お前が決めたみたいに言うな」
◆◆◆
地図にない道は、拍子抜けするほど普通だった。轍があり、人の足跡もあり、道端の草も踏まれている。最近突然できた道には、とても見えなかった。
ポン太がしゃがみ込み、轍を確かめる。
ポン太「荷車も普通に通ってんな」
直也「やっぱ地元の道なんじゃないか」
リィナ「それなら、地図にないこともありますよね」
ゼピュロス「案外普通で拍子抜けね」
ポン太「拍子抜けって、何を期待してたんだよ」
ゼピュロス「別に、何も」
ボレアス「見よ。妾の選択は正しかった」
直也「まだ何も分かってない」
ボレアス「結果は後から付いてくるものじゃ」
ゼピュロス「その自信どこから出てくるの」
ボレアス「妾からじゃ」
直也「質問の意味そのまま返すな」
しばらく歩いていると、後方から荷車の音が近づいてきた。真っ先に気づいたのは、ボレアスだった。
ボレアス「後ろから来るぞ。端へ寄れ」
俺たちは道を空けた。荷車が、静かに通り過ぎていく。
御者「ありがとよ!」
それだけの、何でもないやり取りだった。だが、ボレアスがちゃんと役目を果たしたことに、俺は気づいていた。
直也「役に立ったな」
ボレアス「当然じゃ。誰に物を言っておる」
ゼピュロス「褒めるとすぐこれなんだから」
ボレアス「もっと褒めても構わぬぞ」
直也「要求するな」
◆◆◆
さっきの荷車が、少し先で止まっていた。御者が、荷台に腰掛けて一息ついている。ポン太が、自然な足取りで話しかけた。
ポン太「この先、どっか集落あるのか」
御者「あるよ」
俺たちは、少しだけ反応した。
御者「この先しばらく行けば、小さい村がある。水も食料も買えるし、旅人も時々寄るぜ」
直也「新しい村なんですか」
御者「新しい?」
怪訝な顔をされた。
御者「いや、俺がガキの頃からあるぞ」
ポン太が、懐の地図を確かめる。載っていない。
御者「その地図が古いんじゃねぇか」
直也「……やっぱりそれか」
御者と別れたあと、ボレアスが言った。
ボレアス「村があるなら行くぞ」
直也「なんでお前が決めるんだよ」
ボレアス「水と食料が買えるのであろう」
ポン太「お、旅人っぽい理由になってきたじゃねぇか」
ボレアス「当然じゃ」
少しの間があった。
ボレアス「……甘いものもあるやもしれぬ」
ゼピュロス「そっちでしょ」
ボレアス「違う!」
直也「間が全部説明してたぞ」
ボレアス「貴様らは妾を何だと思っておる!」
ポン太「食費の増加要因」
ボレアス「まだ言うか!」
◆◆◆
木々の向こうに、煙が見えた。最初は、旅人か猟師の野営かと思った。だが近づくにつれ、畑や柵、家々、井戸、小さな広場が、次々と姿を現す。子どもが走り回り、洗濯物が干され、誰かが畑仕事をしている。ごく普通の村だった。
直也「……本当に村だ」
ゼピュロス「普通にあるじゃない」
ポン太が地図を睨む。
ポン太「ねぇな」
直也「何が」
ポン太「村」
地図の上には、何も描かれていなかった。
リィナ「小さな村だから、載っていないだけでは」
ポン太「まあ、そういう村もある」
村人たちは、旅人の一行に警戒する様子もなく、自然に迎え入れてくれた。ポン太が補給できる場所を尋ねるついでに、俺も老店主へ問いかけた。
直也「ここって、最近できた村なんですか」
店主「最近?」
不思議そうな顔をされた。
店主「そんなことはないよ。私が子どもの頃からある。親の代からここで暮らしてる」
直也「そうですか……」
店主「珍しいことでも聞くね、旅の人は」
店主「まあ、こんな小さな村だ。役人の測量から漏れてても不思議じゃないさ」
ポン太「こういう小さい村なら、地図に載らねぇこともある。珍しいってほどでもねぇよ」
その言葉に、誰もが納得したように頷いた。
売店の前では、ボレアスが並んだ品物を眺めていた。
店主「何か欲しいのかい」
ボレアス「妾に相応しいものを出せ」
直也「注文の仕方!」
店主「はっはっは、面白いお嬢さんだ」
店主は笑いながら、小さな焼き菓子を差し出した。
ボレアス「ほう」
ポン太「金は?」
ボレアス「……」
ポン太「持ってねぇよな」
ボレアス「直也」
直也「なんで俺を見る」
ボレアス「仲間なのであろう」
直也「そういう時だけ便利に使うな!」
リィナが小さく笑う。結局、俺が支払うことになった。
ボレアスは、焼き菓子を一口かじった。
ゼピュロス「どう?」
ボレアス「……悪くない」
ゼピュロス「はい、気に入った」
ボレアス「なぜ分かる!」
◆◆◆
村の外れで、俺は改めて地図を広げた。やはり、村の姿はどこにもない。
直也「ALMA、この村、確認できるか」
ALMA『確認します』
短い間があった。
ALMA『現在位置に集落が存在することを確認しました』
直也「地図には?」
ALMA『記載されていません』
直也「古いだけか?」
ALMA『可能性はあります』
直也「他の可能性は」
ALMA『現時点では判定できません』
ボレアス「またそれか」
ALMA『判定できないことは、否定でも肯定でもありません』
ボレアス「屁理屈をこねるのじゃな」
ALMA『事実の範囲を正確に述べています』
直也「そういえば、未確認反応は」
ALMA『追跡を継続しています』
直也「この辺りと関係あるか」
ALMA『関連性は確認できません』
その答えに、それ以上の追及はしなかった。
◆◆◆
夕方、村での補給を済ませ、俺たちは休憩を取っていた。ポン太が地図を畳む。
ポン太「まあ、地図が古かった。それで済む話かもしれねぇな」
直也「そうだな」
リィナも小さく頷いた。ゼピュロスは、既に興味を失ったように欠伸をしている。
ゼピュロス「お腹すいた。次はいつ食べるの」
ポン太「さっき菓子食っただろうが」
ゼピュロス「あれとこれは別腹よ」
ボレアスだけが、村の方をじっと眺めていた。
直也「どうした」
ボレアス「いや」
少しの間があった。
ボレアス「地図にないからといって、ここにないわけではなかろう」
直也「……まあな」
ボレアス「ならば、今はそれでよい」
炊事の煙、子どもの声、家畜の鳴き声。どう見ても、昔からここで人が暮らしてきた、ただの村だった。俺は、もう一度地図を見た。そこには、やはり何も描かれていない。
直也「……そうだな」
俺は、地図を鞄へしまった。
ALMA『直也さん』
直也「ん?」
短い間があった。
ALMA『未確認反応の解析を継続します』
直也「頼む」
頭上の光球が、静かに明滅を続けている。
目の前にある村は、地図にはない。それでも今は、それ以上に確かなことが一つだけあった。
ここには、人が暮らしている。
◆◆◆(地図にない村)◆◆◆
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次回更新予定:10月6日(火)になります。
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