第22話 追跡開始 ―― 中編「旅人の真似事」
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地図のズレについては、それ以上誰も触れなかった。旅の途中、多少の誤差くらい珍しくもない。俺たちは荷を下ろしたまま、しばし休憩所での時間を過ごすことにした。
ボレアスが、無言で周囲を見回している。靴の泥を落とす男、水筒へ水を補給する女、荷紐を締め直す商人、地図を見る老人。彼女は、その一人一人を、何かを値踏みするような目で観察していた。
直也「さっきから何見てるんだ」
ボレアス「旅人とやらが何をしておるのか見ておる」
直也「勉強熱心だな」
ボレアス「勘違いするな。知らぬことを放置しておくのが気に食わぬだけじゃ」
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近くの旅人が、靴底についた泥を木片で削ぎ落としていた。ボレアスは、自分の靴を見下ろす。ほとんど汚れてはいない。それでも、彼女は同じように靴底を確かめ始めた。
ゼピュロス「何してるの」
ボレアス「これは――」
ゼピュロス「あ、分かった。『確認作業じゃ』でしょ?」
ボレアス「……」
言いかけた言葉の行き場を失ったまま、ボレアスの口が、僅かに開いたまま止まっていた。
一拍の沈黙が落ちた。
直也「先に言われたな」
ポン太「だいぶ行動読まれてきたな、ボレアスさん」
ボレアス「……貴様ら最近、妾への扱いが雑になっておらぬか」
ゼピュロス「仲間になったからじゃない?」
ボレアス「その理屈は納得いかぬ!」
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リィナが井戸で水筒を満たしている間、俺は自分の水筒の蓋を開けた。
直也「やっと飲めるようになった……」
ボレアス「大袈裟な男じゃな」
直也「誰のせいだよ」
ボレアス「冷えておった方が美味かろう」
直也「凍ってたんだよ」
ボレアス「程度の問題じゃ」
直也「その程度を間違えたんだよ」
そこへ、リィナが空の水筒を一つ持って戻ってきた。
リィナ「ボレアスさんもどうぞ」
ボレアス「妾に?」
リィナ「はい」
ボレアスは、その水筒を両手で受け取った。
ボレアス「……悪くない品じゃ」
ポン太「それ俺っちの予備なんだけど」
ボレアス「ならば、なおさら大切に使ってやろう」
ポン太「返す気ある?」
軽い笑いが起きる。
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老人商人が地図を広げているのを見て、ボレアスはポン太の地図も覗き込んだ。真剣な顔で、しばらく紙面を睨んでいる。
直也「お前、地図読めるようになったの」
ボレアス「この程度なら分かる」
直也「じゃあ今どこ?」
ボレアスは地図をしばらく見つめると、迷うことなく一点を指差した。
ボレアス「ここじゃ」
ポン太が地図と周囲を見比べる。
ポン太「……合ってるな」
直也「え、合ってる」
ボレアス「なぜ貴様が驚く」
直也「いや、さっきまで勘で道を外してたから」
ボレアス「いつまでも同じと思うでない」
ゼピュロス「ちょっと得意げなの腹立つわね」
ボレアス「事実を述べただけじゃ」
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リィナが配った昼食は、固い保存パンと干し肉、それに水だった。ボレアスは、パンをじっと見つめ、一口かじり、また見つめた。
直也「どうした」
ボレアス「……別に」
直也「絶対何かある顔だろ」
ボレアス「昨日の、あの冷たい菓子はないのか」
直也「氷菓子?」
ボレアス「名前などどうでもよい」
ゼピュロス「めちゃくちゃ覚えてる顔してるじゃない」
ボレアス「昨日あったものが、今日ない理由を聞いておるだけじゃ」
直也「毎日出ると思ってたの?」
ボレアス「旅とは、各地の美味いものを味わうものではないのか」
ポン太「間違っちゃいねぇけど、予算ってものがある」
ボレアス「先ほどから金、金と……この世界は面倒じゃな」
ポン太「生きるってのは金がかかるって朝教えただろ!」
リィナ「次の町で見つけたら、探してみましょうか」
ボレアス「妾は別に食いたいとは言っておらぬ」
ゼピュロス「はいはい」
ボレアス「その返事はなんじゃ!」
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食事の合間、隣の卓から商人たちの声が聞こえてきた。
「このところ、次の宿場まで妙に遠く感じねぇか」
「歳じゃねぇの」
「まだ40だ!」
「道標の場所も、少し変わった気がするんだよな」
「誰か付け替えたんだろ」
「誰がそんな暇なことするんだよ」
「地図が古いだけじゃねぇか」
最後は笑い声で締めくくられ、話題は別のものへ移っていった。
ポン太「……似た話してんな」
直也「でも地図が古いなら、別に不思議じゃないだろ」
ポン太「まあな」
……まあ、古い地図ならそんなこともあるか。
そう考えれば済む話のはずだった。
ボレアスも、その会話を聞いていたらしい。
ボレアス「道というものは、それほど頻繁に変わるのか」
直也「工事したりすればな」
ボレアス「今の者たちは、そのような話をしておらなんだぞ」
直也「だから地図が古いんじゃないかって話」
ボレアス「ふむ」
彼女は、それ以上追及せず、あっさりと納得したようだった。
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念のため、俺は頭上の光球へ声をかけた。
直也「ALMA、今いる場所と地図、照合できるか」
ALMA『照合します』
短い間のあと、事務的な声が返ってきた。
ALMA『現在位置と地図情報の間に、軽微な不一致を確認しました』
直也「どっちが間違ってる?」
ALMA『判定できません』
直也「地図が古い可能性は?」
ALMA『十分にあります』
ポン太「じゃあ、やっぱそれだろ」
ボレアス「万能ではないのじゃな」
ALMA『全てを解析できるとは申していません』
ボレアス「そうであったか?」
直也「お前らそこで張り合うな」
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休憩を終え、俺たちは荷物をまとめ始めた。ボレアスも、周囲を見ながら自分の水筒を確かめ、借りた荷物を背負い直している。
ゼピュロス「へえ。今度はちゃんと自分でやってるじゃない」
ボレアス「当然じゃ」
ゼピュロス「さっきまで地図とにらめっこしてたくせに」
ボレアス「あれとこれは別じゃ!」
一行は、再び街道へ歩き出した。ゼピュロスが先行して索敵へ向かおうとすると、ボレアスもその後を追おうとする。
ゼピュロス「来なくていい」
ボレアス「なぜじゃ」
ゼピュロス「私の方が速いから」
ボレアス「速ければ優れておるというものでもあるまい」
ゼピュロス「索敵では速い方が便利なの!」
ボレアス「ならば妾は後方を見てやろう」
直也「結局仕事したいんだな」
ボレアス「当然じゃ!」
ゼピュロス「……まあ、後ろなら任せる」
ボレアス「最初からそう言えばよい」
ゼピュロス「なんであんたが偉そうなのよ」
それでも、ボレアスは満足げに後方へ回った。これまで空振りしてばかりだった彼女の申し出が、今度は、あっさりと受け入れられていた。
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しばらく、ただ歩き続けた。街道の両脇には草原が広がり、時折荷車とすれ違う。穏やかな午後だった。
やがて、前方からゼピュロスが戻ってくるのが見えた。いつもの軽い足取りではなく、どこか怪訝そうな表情をしている。
ゼピュロス「マスター」
直也「どうした」
ゼピュロス「ちょっと来て」
直也「何かいたか」
ゼピュロス「いたっていうか……」
彼女は、言葉を探すように少し黙った。
ゼピュロス「道が2本ある」
直也「分岐だろ」
ゼピュロス「私だってそれくらい分かるわよ」
ポン太が地図を広げる。ゼピュロスが、その一点を指差した。
ゼピュロス「ここ」
地図には、道は1本しか描かれていない。
ポン太「……1本だな」
直也「古い地図だからだろ」
ゼピュロス「じゃあ見てみれば?」
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俺たちは、前方へと足を進めた。
確かに、道は2本あった。片方は、これまで歩いてきたのと同じ、見慣れた街道。もう一方にも、しっかりと踏み固められた跡があった。
直也「……本当にあるな」
ポン太「地図にはねぇ」
リィナ「新しくできた道でしょうか」
ボレアスが、腕を組んで、その二本の道を堂々と眺めている。
直也「どう思う」
ボレアス「分からぬ」
直也「堂々と言うな」
ボレアス「知らぬものを知ったふりする方が愚かじゃろう」
ゼピュロス「そこだけ妙に正論なのよね」
ボレアス「妾は常に正しい」
直也「最後の一言で台無しだよ」
軽口が途切れる。
俺は改めて、目の前を見た。
道は、確かに二つあった。
◆◆◆(旅人の真似事)◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回更新予定:10月2日(金)になります。
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