第14話(2)裏台帳と、凍った名前 ―― 正しい記録と、何も教えない窓口
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中央行政案内センターの巨大な扉をくぐると、相変わらずの白磁の床と、無駄のない照明が出迎えてきた。
あの貼り付けたような笑顔の係員たちが、今日も等間隔に並んで業務をこなしている。許可証地獄、防寒外套の更衣、特別点検の手続き。何度足を運んでも、この建物の空気だけは少しも馴染まない。靴音さえも、この床の上では妙に他人行儀に響く気がした。
直也「……改めて見ても、息が詰まる場所だな」
リィナ「はい……。なんだか、来るたびに肺の中まで覗かれている気がします」
俺たちは正面の窓口へ向かった。
今日の用件は単純だ。最深部の封じについて、知れることは知っておきたい。ポン太が「無駄だ」と言うのは分かっている。だが、無駄かどうかは試してから言うべきだろう。会社員時代も、結局「やるだけやってからじゃないと諦められない」性分だった。それが評価されたことは一度もなかったが。
窓口に座っていたのは、いつもと同じような、一分の隙もない制服の係員だった。
直也「最深部の封じ構造について、確認したいことがあるんだが」
係員「お問い合わせありがとうございます」
係員は、にこやかに、しかし驚くほど何も中身のない返事を返してきた。
係員「最深部は適切に管理されています」
直也「いや、それは分かってる。具体的にどう管理されてるかを知りたいんだ」
係員「封じは正しく機能しています」
直也「だから、その『正しく』の中身を聞いてるんだよ」
係員「不安を感じる必要はございません」
直也「不安を感じてるんじゃなくて、情報を求めてるんだ」
係員「詳細は非開示ですが、それは利用者様の安全のためです」
直也「安全のために情報を隠すって、もう何も信用できない理屈だな」
係員「知らないことにより守られる安心もございます」
それきり、係員はにこやかな笑顔を崩さなかった。何を聞いても、用意された定型句が滑らかに返ってくるだけだ。会話をしているはずなのに、誰とも話していない感覚があった。まるで壁に向かって質問を投げ、壁の方が礼儀正しく跳ね返してくるような、そんな徒労感だけが積もっていく。
直也「……情報を隠すなら隠すでいいんだよ。『あなたのために教えません』みたいな顔をするな」
俺は小さく舌打ちした。
ALMA『直也さん、参考情報を提示します』
頭上の光球が、淡く明滅しながら声を発した。
ALMA『閲覧可能な記録内に、ボレアスという名称は存在しません』
直也「でも、あいつは自分で名乗ったぞ」
ALMA『はい。したがって、記録が不完全です』
直也「お前が『記録が不完全』って言うと、妙に怖いんだよ」
ALMAは一拍だけ間を置いた。
ALMA『……補足。記録が不完全なのではなく、意図的に整えられている可能性があります』
直也「整えられている、か。便利な言い方だな」
俺は窓口の向こうに掲示された区画図を見やった。等間隔に並ぶ線、寸分の狂いもない区画の境界。保管庫の末端区画と、最深部へ続くらしい導線は確かに記載されている。だが、そこにボレアスを指す固有の名前は、どこにも見当たらなかった。場所は存在するのに、そこにいる者の名前だけが、まるで最初から書かれなかったかのように抜け落ちている。空白のはずなのに、その空白だけが妙に几帳面に整えられているのが、かえって不気味だった。
直也(……存在はあるのに、名前がない)
それは、単に情報が抜けているという感覚とは違った。誰かが意図的に、その存在を「呼べないもの」にしてしまったような、薄気味の悪い違和感だった。
直也(あいつが聞いたら、鼻で笑うか、本気で怒るか、どっちかだろうな。あの高飛車な態度には、似合わない扱いだ)
リィナ「直也さん……?」
リィナが俺の顔を覗き込んできた。考え込んでいたことに気づき、俺は首を振った。
直也「いや、なんでもない。とにかく、ここからは何も出てこないってことだけは分かった」
窓口の係員は、相変わらず微動だにしない笑顔のまま、次の言葉を待っているようだった。これ以上ここにいても、同じ定型句を別の言い回しで聞かされるだけだろう。
俺は踵を返した。
少し離れたところで、ポン太が壁にもたれて待っていた。最初から、こうなることが分かっていたような顔をしている。
ポン太「ほらな。綺麗な記録には何も残ってねぇ」
直也「ああ、見事に何も分からなかったよ。お前の言う通りだ」
ポン太「あそこの記録は、全部『正しく整えられた』綺麗な書類だ。本当のことほど、綺麗に抜かれてる」
ポン太「ここから先は、俺っちの領分だ」
ポン太がにやりと笑い、行政センターの裏手へ続く通路の方向を顎で示した。
直也「料金は?」
ポン太「もちろん別だ」
直也「聞くんじゃなかった」
ポン太「自由ってのは高いんだよ、旦那」
俺は深く息を吐いた。
正面が壁なら、裏を見るしかない。
今日も結局、まっすぐな道では何も手に入らないらしい。
◆◆◆(正しい記録と、何も教えない窓口)◆◆◆
次回更新日:7月3日(金)




