第13話(4)氷の監視者と、ほどけない鎖 ―― 嚙み合わない同族感
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跳ね返った異常が収まり、保管庫に静けさが戻ってきた。さっきより一段重い静けさだ。俺が鎖に触れたことで、空間の警戒がわずかに上がったのかもしれない。
ゼピュロスが鞘の中から少女の姿で飛び出して、ボレアスの前に浮かんだ。さすがに今は暴風の刃ではなく、人の形を取った方が文句を言いやすいと判断したらしい。そういうところだけ器用だ。
ゼピュロス「ねぇ」
ボレアス「何じゃ」
ゼピュロス「あんた、さっきから私のことを欠陥品って言うけど、どこが欠陥品なのか、ちゃんと言ってみなさいよ。理詰めが得意なんでしょ」
ボレアスは一瞬だけ目を細めた。挑発に乗るほど安くはない、という顔だった。だが、ゼピュロスの目は本気だった。ムカついてるだけじゃない。言葉の意味を知りたがっている顔だ。
ボレアス「……風は本来、循環するものじゃ。吹いて、返って、また吹く。均衡の中で流れるものじゃ。だが貴様の風は、ただ吹き出すだけで戻らぬ。消費するだけで、整えない」
ゼピュロス「それの何が悪いの」
ボレアス「循環しない風は、いずれ枯れる。それとも、枯れることを恐れぬほど、貴様は根がないのか」
ゼピュロス「……」
珍しく、ゼピュロスが黙った。一秒か、二秒か。冗談で受け流さない沈黙だった。
そして、少しだけ低い声で返した。
ゼピュロス「あんたは逆だよね」
ボレアス「何?」
ゼピュロス「循環するために、ここで止まってる。戻るために、動けなくなってる。それって……結局、同じことじゃないの?」
今度はボレアスが黙った。
氷の瞳が、わずかに揺れた気がした。ほんの一瞬だけ。
ボレアス「同じではない」
ゼピュロス「どこが」
ボレアス「妾は理を選んだ。貴様は衝動に流されておる」
ゼピュロス「選んだって言い張ってるだけじゃん。そんな鎖だらけで」
ボレアス「貴様こそ、自由を掲げておるだけで、行き先を持たぬ」
ゼピュロス「行き先なんて、その時その時で決めればいいの!」
ボレアス「だから貴様は浅い」
ゼピュロス「だからあんたは固い!」
二人の声がぶつかる。意味は噛み合っていないのに、どこか妙に近い場所を殴り合っている会話だった。
俺は息を呑んだ。
ゼピュロスとボレアスは、真逆のことを言いながら、同じ問いの周りをぐるぐる回っている。枯れるか、止まるか。動きすぎるか、動けないか。属性も性格も方向も逆なのに、言葉の根の部分が妙に近い。
直也「……お前ら、初対面にしては距離感が変だな」
ゼピュロス「変じゃない!」
ボレアス「奇妙なことを言うな」
二人が同時に否定した。同時に、だ。
直也「はい、そこ。今、同時に答えたぞ。自覚はあるか」
二人が互いに視線を向け合い、そして同時に顔を逸らした。
ポン太「へへっ。旦那、今日一番の見物だな。タヌキ的には収穫あったぜ」
直也「笑ってないで何か言え」
ポン太「言うほど分かってねぇよ。ただ、ただの性格の悪い喧嘩にしちゃ、妙に芯を食ってるってだけだ」
リィナ「ゼピュロスちゃん、ちょっとだけさっきより静かですね」
ゼピュロス「静かじゃないし! 考えてただけ!」
リィナ「それを静かって言うんです」
ゼピュロス「うっ……」
ボレアスの口元が、ごくわずかに動いた。笑ったわけではない。だが、今のやり取りを退屈とは思っていない顔だった。
ALMA『……報告。ゼピュロスとボレアスの発話リズムおよび語彙選択に、予想外の共鳴パターンを検出しています。現状の分析フレームワークでは、この一致の根拠を説明できません。未整理の要素が増えています』
直也「また増えたのか」
ALMA『肯定。私は現在、効率的ではありません』
直也「それを自覚できる時点で十分怖い」
ALMA『記録します』
ゼピュロス「なによ、みんなして変な目で見ないでよ。あいつがいちいちムカつく言い方するからでしょ!」
ボレアス「事実を言うだけで腹を立てるなら、なおさら浅い」
ゼピュロス「ほら! 今の! そういうとこ!」
直也「……まあ、少なくとも一つ分かった」
ポン太「何がだい」
直也「お前ら、絶対に相性が悪い」
ゼピュロス「知ってる!」
ボレアス「今さらじゃ」
また同時だ。
本当に、面倒くさいほど噛み合っていないくせに、変なところだけ揃う二人だった。
◆◆◆(嚙み合わない同族感)◆◆◆
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次回更新予定:6月19日(金)




