第12話(6)黒い扉と、凍った返答 ―― 微風扱いの新参者
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「名乗るほどの価値が貴様らにあるかは、妾が決めることじゃ。今はただ、そのやかましい口を閉じよ」
玉座の少女の冷たい宣告に、俺の背骨をへし折らんばかりの圧力をかけていた防寒外套が、さらにギチッと首を絞め上げてきた。
土下座の姿勢からピクリとも動けない俺の横で、ゼピュロスが怒髪天を突く勢いで暴れ回っている。
ゼピュロス「閉じないし!あんたこそ、そんな氷の椅子に縛り付けられてるくせに偉そうにしないでよね!」
少女は氷の鎖で自身の細い手足を玉座に縫い付けられている。どう見ても囚われの身だ。
だが、彼女は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「縛られているのではない」
その言葉は、ゼピュロスの怒声をすっぱりと断ち切るほど静かで、それゆえに重かった。
「妾が自らの意志で、ここに在る。この世界を崩壊させぬための楔として。……貴様のような根無し草には、理解できまい」
言葉の圧が違った。怒りでも威圧でもない。
揺るがない確信から来る、冷たい事実の陳述だった。
俺は土下座の姿勢のまま、その言葉だけは妙に耳に残った。
ゼピュロス「根無し草じゃないし!私は風だもん!どこにだって行けるの!」
「同じことじゃ。意味もなく吹き荒れるだけなら、それは単なる自然現象のノイズに過ぎぬ」
ゼピュロス「キーッ!マスター!やっぱりこいつ、みじん切りにしていい!?」
直也「俺を巻き込むな!動いたら服に首の骨を折られるんだよ!」
俺は悲鳴を上げながら、鞘の中で震える魔剣を必死に押さえつけた。
近い距離で騒ぎ立て、常に動いていたいゼピュロスと、遠い高みから冷たく見下ろし、すべてを静止させようとする銀髪の少女。
属性から何から、完全に真逆だ。
リィナ「あのっ、お二人とも!喧嘩はだめです!せっかくお掃除に来たんですから、仲良く……」
見かねたリィナが、平伏した姿勢のまま、震える声で間に入ろうとした。
だが、氷の玉座の視線がリィナへと向いた瞬間、空気がわずかに変わった。
怒りではない。品定めに近い、長い沈黙だった。
「……仲良く、か」
少女は静かに繰り返した。嘲るでも、一蹴するでもなく。
「その小娘、少しは理に干渉できるようだが、根底にあるのはただの自己犠牲と矮小な願いか。妾の御前で口を挟むには、百年早いわ」
リィナ「うぅっ……ご、ごめんなさい……」
言葉は冷たかった。だが、俺には妙に引っかかった。
品定めをするだけなら、最初から無視すればいい。わざわざ「理に干渉できる」と認めた上で切り捨てるのは、完全な無関心とは少し違う。
直也「おい、リィナちゃんをいじめるな。お前、俺たちを敵だとは思ってないみたいだが、協力する気も一切ないんだな?」
「協力?……笑わせるな。妾は妾の意思でここに在る。貴様らのように、他者に流されて歩き回るような下賎な真似はせぬ」
ポン太「へへっ。旦那、ほらな。だから言っただろ?関われば関わるほど高くつくって。このお姫様、プライドの高さは金貨百枚分は下らねぇぜ」
直也「お前は黙ってろ。余計な火種を増やすな」
頭上で明滅する光球も、先ほどから奇妙な挙動を見せていた。
ALMA『……直也さん。対象の言語パターンの解析を続行しています。対象の言動は「拒絶」を基調としていますが、自己の存在意義を説明するなど、対話の回路自体は閉ざしていません。……しかし、依然として私の分類フレームワークには適合しません。これは……非常に、興味深いエラーです』
直也「お前が『興味深い』なんて言うの、初めて聞いたぞ」
ALMA『肯定。既存の整理手順では処理しきれない未知の変数が存在します。……対象は、私が今まで観測してきたどの存在とも異なります。対象の観測継続を、強く推奨します』
いつもなら「無駄です」「切り捨てましょう」と即座に判断を下すALMAが、答えの出ないエラーを抱えたまま、対象への執着を見せている。
事務的で無機質な声の奥に、ほんのわずかな「引っかかり」のようなものが感じられた。
直也(……面倒くさい。死ぬほど面倒くさい。元の世界のクレーム対応のほうがマシかもしれない)
氷の玉座に座る少女を見上げる。
冷たく、高く、遠い。彼女は間違いなく、この狂った管理社会の中枢に繋がる重要な存在だ。
だが、同時に分かる。彼女はただのシステムの一部ではない。
「自らの意志でここに在る」と言った。
この凍てつく静寂の中で、一人きりで強がりを言いながら、何かを守るためにずっと座り続けている。
リィナが言った「寂しさ」が、今になって少しだけ輪郭を持ち始めていた。
明らかに、放っておけない。
直也「……不便なんだよ。俺は松永直也。こっちの騒がしいのがゼピュロス、女の子がリィナ、タヌキがポン太、上の光がALMAだ。で、お前は?」
俺は防寒外套の圧力に抗い、少しだけ顔を上げて問いかけた。
「……直也、か。無礼な男じゃ。だが、その無礼さに免じて、一度だけ名乗ってやろう」
少女は極寒の瞳をわずかに細め、薄い唇を開いた。
「妾はボレアス。北の風を束ねる者、そしてこの冷徹なる世界の理の監視者じゃ」
ゼピュロス「北の風!?ちょっと、私と属性かぶってない!?」
ボレアス「かぶっておらぬ。貴様のような微風と一緒にされては迷惑じゃ」
ゼピュロス「び、微風ぅ!?」
直也「……また面倒くさいのが増えたな」
俺は外套の力で再び氷の床に顔を押し付けられながら、そう呟いた。
だが、頭の中では既に次のことを考えていた。
あの氷の鎖をどうするか。ボレアスがなぜここに縛られているのか。
「自らの意志でここに在る」と言ったあの声の、微かな翳りの正体は何なのか。
面倒くさい。間違いなく、これまでで一番面倒くさい相手だ。
それでも、この凍えた最深部の空気が、今だけは少しだけ違う温度を帯びているような気がした。
◆◆◆(微風扱いの新参者)◆◆◆
◆◆◆(第12話ここまで)◆◆◆
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次回更新予定:6月5日(金)
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