第11話(4)冷える保管庫と、まだ名乗らない気配 ―― 凍結通路の突破口
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黒い扉へと続く通路は、奥へ進むほどに道幅が狭まり、積み上げられた没収品の山が両側から圧迫感をもって迫ってきた。俺の防寒外套は、相変わらず一歩ごとにカチリと硬質な音を立て、俺の歩幅を正解の十五センチに固定しようと抗ってくる。膝を曲げようとすれば裏地の魔導糸が突っ張り、腰を落とそうとすれば背中の刻印が不適切な重心移動ですと冷たく警告してくる。
直也「……くそっ。この服のせいで、避ける動作一つまともにできやしない」
俺が毒づいた瞬間、前方の高い位置に積み上げられていた情報の死骸が、不吉な軋み声を上げた。それは巨大な氷の塊に閉じ込められた、大量の古い報告書や用途不明の魔導具の山だ。熱を吸い取る壁のルーンが過剰に反応したのか、あるいはリィナが感じた寂しさが妙な形を持ったのか、堆積物の重心が不自然に歪み、鏡のような床へと音を立てて崩落を始めた。
ALMA『警告。前方三メートル地点に不安定な堆積物の崩落を観測。回避行動を推奨。……否定。現在の装具設定では回避速度が不足しています。直也さん、迎撃による進路確保を選択してください』
直也「言われなくてもやってやるよ!ゼピュロス、寝ぼけてる暇はないぞ。お前の自由な風で道をこじ開けろ!」
俺はぎこちない腕の動きで、腰に帯びた魔剣の柄に手をかけた。鞘の中で眠っていた鉄の重みが、俺の体温を吸い上げるようにして熱を持ち始める。引き抜かれたゼピュロスの刀身は、淀んだ空気の中でも鈍い銀光を反射し、周囲の冷気を強欲に吸い込みながら震えていた。
ゼピュロス「ふふっ、ようやく私の出番?あんなカチコチに凍ったゴミ溜めなんて、一息に切り刻んであげるわ。……でもマスター、分かってるわよね?私の風は安くない。しっかりマナを食わせなさいよ!」
意思を持つ魔剣は、俺の握る柄を通じて狂おしいほどの飢餓感を伝えてくる。彼女は精霊のように慈悲深く風を操るのではない。周囲の均衡を切り裂き、その余波で風を強制的に生み出す暴力の道具だ。俺は外套の姿勢制御による抵抗を、力尽くで振り切った。
『警告。不適切な筋肉の収縮を観測。姿勢矯正儀礼を強制発動し……』
直也「うるせぇ!今は黙ってろ!」
耳元の警告音を怒鳴り声でかき消し、俺は崩れ落ちてくる巨大な氷塊に向かってゼピュロスを一閃させた。その瞬間、刀身から透明な衝撃波が放たれ、重い冷気を切り裂いて真空の刃が走る。
ゼピュロス「切り刻め、狂風!」
轟音と共に、落下してきた情報の山は一瞬で微塵に粉砕された。粉々になった氷と羊皮紙の破片が、ゼピュロスが生み出した渦巻く風に巻き取られ、通路の脇へと乱暴に押し流されていく。視界が開け、ようやく黒い扉へと至る最後の直線が姿を現した。
リィナ「……すごい。直也さんの剣、あんなに冷たい風を、一瞬で力強い旋律に変えてしまったみたいです」
リィナは杖を握りしめたまま、感嘆の声を上げた。彼女には、荒々しい魔剣の風が、停滞を打破する救済の響きに聞こえたのかもしれない。だが、当のゼピュロスは不満げに刀身を鳴らす。
ゼピュロス「救済?リィナちゃん、おめでたいわね。私はただ、この邪魔な静止を食い破っただけよ。……あぁ、お腹が空いた。マスター、今のひと振りで私の腹ペコメーターは限界よ?」
直也「贅沢言うな。まだ本番の扉は開いてすらいないんだぞ。それに、この服の警告のせいで、俺の耳の方が限界だ」
俺は肩で息をしながら、再び自分を拘束しようとする外套の締め付けに耐えた。崩落を免れた通路の先に鎮座する黒い扉は、今や目前にある。そこから漏れ出す気配は、先ほどの崩落など児戯に等しいほど、重く、深く、そして圧倒的な拒絶を孕んでいた。
リィナ「……やっぱり、感じます。あの扉の向こう、何かがずっと動かないまま、冷え切っているみたいで……」
リィナが震える指先を扉に向けた。俺はゼピュロスを構え直し、無機質なALMAの観測音を背中で聞きながら、その巨大な拒絶の正体を睨み据えていた。スローライフへの道は、どうやらこの情報の墓守に向き合わない限り、開けそうにない。
◆◆◆(凍結通路の突破口)◆◆◆
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次回更新予定:5月8日(金)




