ホラーとは3
「あーぁ! そんで“姫さま”かー? なるほどなぁ!」
しきりに点頭を繰り返しながら、珠衣に対し、無自覚なオーバーキルに取りかかる。
「……じゃあ、まだ探してんのかもな? そのお姫さまをさ? いまも、ずっと……」
「ほぉぅあぁ!!!?」
こういった会話で、主語を省かれると、非常に怖い。
“なに”が、その姫さまとやらを探しているのか?
いまも尚、この場所に留まり、姫さまとやらを探し回っているのは、いったい“なに”なのか?
あるいは、目的だ。
その“なにか”は、何のために姫さまを探しているのか。
いったい、どのような目的があってのことなのか。
そういった、余計な想像をかき立ててくれる。
「ストップ! その話はマズいって!! いま!」
「なに言ってんな? いまだから良いんじゃんか! なぁ史っ?」
「まぁなー」
“ホラー”とは、ひとつの様式美である。
登場人物よりも、むしろ背景が重要になってくる。
作品の舞台・雰囲気。
それがきちんと整ってこそ、“ホラー”は真価は発揮する。
視聴者に強烈な感情移入を促し、あたかも登場人物の一員であるかのような錯覚を、突きつけるわけだ。
「……その姫さまってヒトも、ここにいるのかな? まだ」
「んごっ!!!??」
ともすれば───
“夜の学校”
“まことしやかに囁かれるお化けの噂”
ここまで背景が整った現状では、気軽な話題とて、実情以上の恐怖を齎してくれる。
何より、自分たちは実際に、こうしてお化けの正体を調査している最中なのだ。
感情移入どころの騒ぎじゃない。
きっかりと、自分たちは登場人物なのだった。




