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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第四章 家へ戻る道
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第70話 待つ場所

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     本小説の主人公

オスカー・ウォーカー   エマの弟 生まれつき足に障害がある

オルブライト・ケイン   白鹿のギルド長

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間

ガイ・ラザフォード    白鹿のギルド所属の前衛 特任契約者 実力者

ミレイ・アスター     白鹿のギルド所属の弓手援護 特任契約者 エルフ 

サイモン・レック     ダンジョンでエマ達を襲撃した謎の男

イレーネ・ヴォス     白鹿のギルドを襲撃した謎の女

ガロン・レイス      ダンジョンでエマ達を襲撃した一人

ラウル・ゼイン      東水門で襲撃してきた一人


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

白鹿の館で、エマは白骸晶と祈りの間について聞かされる。

ローワンやミラ、オスカー、そして自分の命まで巻き込んだ白い石を、このまま誰かに使わせるわけにはいかない。エマは復讐ではなく、白骸晶をこれ以上利用させないために、もう一度ダンジョンへ向かうと決める。家へ戻ったエマは、オスカーにもそのことを伝えた。オスカーは、自分も行くと言う。エマは止めようとするが、オスカーは祈り紐のための道具としてではなく、自分の願いを利用されたまま終わらせないために行くのだと答える。二人はローワンに別れを告げる。怒りも、悔しさも、感謝も残したまま、エマとオスカーは白鹿の仲間たちと再びダンジョンへ向かう準備を始めた。

監視所の灯りは、夜明け前の薄い闇の中でまだ黄色かった。


入口の扉には、領主側の印が押された封鎖札が掛けられている。新規入場停止。深層部の地形変化確認のため、許可を受けた確認隊を除き、本日のダンジョン立ち入りを禁ずる。文面は短い。けれど、赤い印だけが、夜明け前の空気の中で妙に重く見えた。


ダンは、その札の下で帳面を開いていた。


眠っていない顔だった。夜番から引き継いだばかりなのか、目元に疲れが残っている。それでも、机の上に置かれた筆と帳面はきちんと揃えられていた。


彼は白鹿の一行を見ると、まずノルに目を向けた。


「通達は来てる」


声は低かった。


「今日の新規入場はなし。戻りの隊があれば受ける。白鹿の確認隊だけ通す。領主側の許可付きだ」


「確認した」


ノルが短く答えた。


ダンは帳面へ視線を落とした。


「人数」


「六名」


ノルが答える。


「ノル・ハーヴェイ。エマ・ウォーカー。ニナ・クラーク。ガイ・ラザフォード。ミレイ・アスター」


そこで、ほんの少しだけ間が空いた。


「オスカー・ウォーカー」


筆の先が止まった。


ダンは、帳面ではなく、最後尾に立つ少年を見た。


オスカーは杖を握っていた。立つためだけではない。自分の足の下にある床を確かめるように、杖の先を石に置いている。顔色はよくない。けれど、息をしていた。監視所の床に、自分の足で立っていた。


「……オスカー」


名前は、驚きというより、落としたものを拾い上げるように出た。


オスカーの指が、杖の柄を握り直す。


ダンの視線が、顔から足元へ落ちた。悪かった足。昨日、担がれて戻ってきた体。監視所を通った時、布の下で動かなかった少年。


それらを思い出したのだろう。


「何が起きてる」


誰も、すぐには答えなかった。


エマは一歩出かけて、止まった。自分が答えれば、またオスカーの前へ出ることになる。そう思った瞬間、足が動かなかった。


オスカーが口を開いた。


「ここにいます」


それだけだった。


ダンは黙った。帳面の紙が、灯りの下で少しだけ波打っている。彼は何かを聞き返そうとして、やめた。


それでも、どうしても飲み込めない言葉だけが残ったらしい。


「昨日、運び出されたのを見た」


オスカーは目を伏せなかった。


「はい」


「戻った、のか」


その言葉は、責めるものではなかった。目の前の事実に、ほかの名前をつけられない人間の声だった。


ノルが一歩前へ出た。


「戻ってから話す」


ダンの目がノルへ向く。


「今じゃないのか」


「今ではない」


ノルの返事は硬かった。だが、突き放す声ではなかった。


「ここで話せることじゃない。白鹿から正式に伝える」


「それまで黙っていろと?」


「そうだ」


ダンの指が、帳面の角を押さえた。


納得していない。だが、監視所の机越しに、これ以上踏み込む場所ではないと分かっている顔だった。


「安全確認に、その子も入れるのか」


「僕が行きます」


今度も、オスカーが先に答えた。


声は大きくない。けれど、監視所の中で消えなかった。


ダンはオスカーを見た。止める言葉を探している顔だった。何を知っているのか、何を知らないのか、自分でも分からないまま、少年を止める理由だけは胸の中にいくつも浮かんでいる。そんな顔だった。


けれど、ダンは帳面を閉じなかった。


「封鎖中だ」


ダンは低く言った。


「白鹿以外は通さない。正面から来る者は止める。押し通るなら、領主側へ知らせる」


「それでいい」


ノルが頷いた。


「戻りの隊以外は入れない。記録も残してくれ」


「当たり前だ」


ダンは少しだけ苛立ったように返した。


「ここはそういう場所だ」


その言葉に、エマは監視所の床を見た。


前回、オスカーはここを通った。サイモンの書類と、神殿関係の搬送補助という名目で。あれは隠れるためではなかった。見せるためだった。記録に残し、ローワンたちに追わせるために、ここを通った。


今回は違う。


監視所は、通すためではなく、閉じるためにあった。


ダンは筆を取った。


「戻りも記録する」


低い声だった。


「全員分だ。抜けは認めない」


オスカーは、少し遅れて頷いた。


「はい」


ダンはその返事を聞いてから、帳面に六人の名を書いた。


筆が紙を擦る音が、やけにはっきり聞こえた。


封鎖札の下をくぐる時、オスカーの杖の先が石床を打った。


一度だけ。


ダンはその音を聞いていた。何か言いかけたように見えたが、結局、何も言わなかった。


ダンジョンの入口は、いつもより静かだった。


普段なら、夜明け前でも誰かの声がある。早く潜りたい探索者、眠そうな荷運び、忘れ物に気づいて戻る者、記録を急かす声、装備の金具が鳴る音。そういうものが、入口の周りに少しずつ積もっている。


今日は、それがなかった。


領主の封鎖札は、入口の外側にも掛けられていた。赤い印が、まだ乾ききっていないように見える。


ノルが先に入った。


その後ろにガイ、ミレイ。少し間を置いて、ニナ。エマはオスカーの横に立った。前でも後ろでもない。隣にいると決めたのに、入口の闇を前にすると、体が勝手に半歩前へ出そうになる。


オスカーがこちらを見た。


何も言わなかった。


言わないことで、気づかされた。


エマは足の位置を戻した。


「行こう」


ノルが言った。


誰も大きく返事をしなかった。


ただ、六人分の足音が、ダンジョンの中へ入った。


浅い階層は、まだ町に近い顔をしていた。


壁には古い石組みの跡が残っている。床は何度も踏まれて平らになり、目印の楔も新しい。けれど、誰もいないだけで、同じ場所ではないように見えた。


灯りの熱が、革鎧の内側にこもる。


エマは荷紐の位置を確かめた。スクロールの革筒。布。薬。封じ布。水袋。小さな油袋。マルタが最後に押し込んだ薬包は、腰の奥にある。使うなとは言われなかった。ただ、使う前に考えろと言われた。


考える時間があるとは限らない。


だから、手の届く順番だけは決めていた。


誰もいない通路では、杖の音がよく響いた。


こつ、というほど軽くはない。石を確かめる、乾いた音だった。オスカーは急がなかった。遅れまいとする気配はある。けれど、乱れれば自分で分かるのだろう。歩幅を一度整え、また前を見る。


エマは、それを見すぎないようにした。


見すぎれば、オスカーは分かる。


三階層を越える頃、ダンジョンの顔が変わり始めた。


壁の岩肌が減り、古い建物の内側のような石組みが増えた。柱の根元だけが並び、床の敷石はところどころ欠けている。誰が作ったのか分からない回廊。誰が壊したのかも分からない礼拝堂の名残。そういうものが、ダンジョンの奥から浮かび上がる。


エマは地図板を見た。


前回の線はある。だが、正しい道を示しているというより、間違えた時に戻るための記録に近かった。


ノルが立ち止まる。


「ここから先は、前の通りとは限らない」


「分かっています」


オスカーが答えた。


返事が早すぎた。


本人も気づいたのか、口を閉じる。


ノルは責めなかった。


「覚えている場所だけでいい。分からない場所は、分からないと言え」


「はい」


オスカーは通路の奥を見た。


灯りの届かない先に、石粉が薄く積もっている。足跡はない。封鎖のせいだけではなく、もともと人の通りが少ない場所なのだろう。


「前は、ここまで粉がなかったと思います」


「床を見る」


ノルが膝をつき、指で触れずに確かめる。


ミレイが灯りを傾けた。


「新しい?」


「分からない」


ノルは目だけで床を追った。


「踏む前に確かめる」


ガイが小石を拾い、粉の積もった場所へ投げた。


乾いた音がした。


次の瞬間、音が下へ抜けた。


石は床に当たったのではなかった。薄い板のように残った敷石を割り、下の空洞へ落ちていった。遅れて、細かな粉が縁から流れる。


ニナが一歩下がった。


「見た目より薄いわね」


ミレイの声が硬くなる。


オスカーの杖の先が、床に触れた。


鳴らさないように置いたつもりだったのだろう。けれど、先端がわずかに石を叩いた。


軽い音。


そのあとに、すぐ下から返る、空っぽの音。


オスカーの顔色が変わった。


「そこも、だめです」


ニナが止まった。


彼女の足は、粉のない石の上に乗る直前だった。


「ここ?」


「はい。音が戻ってきます」


ニナは動かず、目だけで足元を見た。


ノルがすぐに言った。


「全員、止まれ」


ガイが荷を下ろしかけ、やめた。床に重さを増やさないためだった。


エマはオスカーを見た。


彼は、自分の杖の先を見ていた。怖がっている。けれど、目をそらしていない。


「助かった」


ニナが小さく言った。


オスカーは何か返そうとして、うまく出なかったらしい。


「たまたまです」


「たまたまでも、私は落ちずに済みました」


ニナはそれだけ言って、足を戻した。


ノルは壁際に残った敷石を確認し、ミレイに目で合図した。ミレイが細い紐を出す。ガイが反対側へ渡し、壁の古い金具に引っかけた。金具はひどく錆びていたが、引く方向を間違えなければ一人ずつなら支えになった。


「一人ずつ」


ノルが言った。


「荷を壁に擦るな。足を置く場所は俺が言う」


最初にガイが渡った。


次にミレイ。ニナ。エマ。


エマが渡る時、足元の粉がわずかに崩れた。体が反射でこわばる。手を伸ばしかけたのは、オスカーだった。


届く距離ではない。


それでも、その手が動いた。


エマは踏み直し、渡りきった。


「止まる時は言って」


オスカーが言った。


エマは振り返った。


前に、自分が言った言葉だった。


「うん」


返すまでに、少し時間がかかった。


「あなたも」


オスカーは頷いた。


最後にオスカーが渡った。


杖を使えば、三点で体を支えられる。けれど、狭い足場では杖の先を置く場所が限られる。ノルが足場を言い、ニナが紐を持ち、エマは反対側で待った。


手を出さない。


手を出さないまま、待つ。


それが、思っていたよりずっと難しかった。


オスカーの足が一度だけ迷った。


どちらに重さを預ければいいのか、体が決めきれない瞬間だった。


杖の先が石を探し、短く鳴る。


「右、半歩」


ノルが言う。


オスカーはその通りに動いた。


渡りきった時、誰も声を上げなかった。


そんな場所ではない。


ただ、エマは自分の手が空のまま残っていることに気づいた。


それでよかった。


もっと奥へ進むと、魔物の気配が薄くなった。


いないわけではない。遠くで爪が石を擦る音がしたし、壁の割れ目には小さな骨が挟まっている。だが、襲ってくるものは少ない。むしろ、通路そのものが息を潜めているようだった。


ガイが一度だけ振り返った。


「静かすぎる」


ミレイが矢筒の位置を直す。


「喋るなら小さく」


「もう小さい」


「普段が大きすぎるのよ」


ガイは肩をすくめただけで、それ以上は続けなかった。


エマは地図板に印を入れた。


崩れた床。石粉。空洞。杖音で判別。


書きながら、手が止まる。


杖音で判別。


それは、オスカーが今まで生きてきた音だった。家の床。町の石畳。市場の端。古い倉庫通り。馬鹿にされた道。帰れなかった道。


それを、今、ダンジョンの中で使っている。


利用ではないのか。


そう思った瞬間、エマの指が固まった。


「姉さん」


オスカーが横から言った。


「何?」


「また変な顔してる」


「してない」


「してる」


オスカーは杖の柄を見た。


「僕が言ったこと、忘れてない?」


エマは地図板を閉じた。


「忘れてない」


「なら、いい」


「いいの?」


「よくはないけど」


オスカーは少し考えるように、床を見た。


「僕も、うまく分からない。でも、勝手に使われるのと、自分で言うのは違うと思う」


エマは答えを探した。


すぐには見つからなかった。


「違うようにする」


それだけ言った。


オスカーは頷いた。


「うん」


その短い返事で、エマは先へ進めた。


祈りの間が近づくにつれて、空気が変わった。


熱はあるのに、温かさはない。灯りを近づけても、壁の奥が明るくならない。石粉が床の隙間にたまり、歩くたびに靴の縁へ貼りつく。柱の跡が増え、天井は高くなった。古い礼拝堂の奥へ入っていくような形をしているのに、祈るための像も、言葉も、飾りもない。


ただ、何かを置くためだけに空けられた場所。


オスカーの歩幅が遅くなった。


エマはそれに合わせようとして、やめた。合わせるのではなく、待つ。遅れた分だけ隣にいる。


「この先です」


オスカーは言った。


声が少し変わっていた。


「たぶん」


ノルが振り返る。


「たぶんでいい」


「ここから、音が消えました。前も」


オスカーは通路の奥を見ている。


「サイモンさんが、急に急がなくなった場所です」


サイモン。


その名が出た瞬間、エマの肩に力が入った。


あなたは、連れて帰る人だと聞きました。


あの声が、石粉の中から戻ってくる。


エマは荷紐を握り直した。強く握りすぎて、革が指に食い込む。


ガイが前へ出た。


「急がなくなったってことは、近いってことか」


「近かったと思います」


オスカーは答えた。


「でも、あの時と道が同じかは分かりません」


「十分だ」


ノルは短く言った。


「ここからは、音を落とす」


ミレイが灯りをひとつ消した。


空間が急に狭くなった。実際には広いはずなのに、光が減っただけで、壁が近づいたように感じる。


ニナが短剣の柄に触れる。


「怖いですね」


誰も笑わなかった。


ガイが小さく言う。


「嫌な場所だ」


「今は、それくらいでいい」


ノルが前を向いたまま返す。


それ以上、誰も喋らなかった。


白い広間の手前で、ノルが全員を止めた。


そこには、扉らしい扉はなかった。


壁の一部が抜け落ち、奥に白い空間が見えている。入口の縁は削れた石のようでもあり、古い礼拝堂の奥壁が裂けた跡のようでもあった。灯りを向けても、奥の中心までは届かない。


床には、足跡がなかった。


白鹿のものも、敵のものも。


まだ誰も来ていない。


間に合った。


そう思ったのに、安堵は来なかった。


先に着いたということは、ここで待つということだった。


ノルが低く指示を出した。


「ガイは正面。踏み込みすぎるな」


「了解」


「ミレイ、右の柱跡。奥の細い通路を見る」


「分かった」


「ニナは左。床の割れと、隠れられる場所を確認」


「はい」


「エマは後方。負傷時の退路と、オスカーを見る」


エマは頷いた。


「はい」


「オスカー」


オスカーの背筋が伸びる。


「入口の内側に立つ。奥へは出ない。見えたもの、聞こえたものがあれば言え。祈り紐に何かあっても、一人で動くな」


「はい」


オスカーは服の上から胸元へ触れかけて、手を下ろした。


祈り紐は出さなかった。


それでよかった。


エマはその手元を見ていたが、何も言わなかった。


六人は、それぞれの場所についた。


粉の上に足跡を増やさないよう、動く場所は最小限にした。ガイは大きな体を柱跡の影に半分隠し、いつでも前へ出られる位置に立つ。ミレイは弓を下げたまま、矢を番えずに待った。ニナは床の割れを確認し、短剣を抜く前の位置で止まる。


ノルは入口の少し奥に立った。


敵を入れすぎず、拒みすぎない場所。


捕まえるためではない。


止めるための位置だった。


エマは布袋を下ろし、手の届く順に並べた。布。薬。スクロール。水袋。封じ布。油袋は少し離す。白骸晶に近い場所で、火を使うことになるかどうかは分からない。けれど、いざという時に混ざる位置には置けなかった。


オスカーはエマの少し前に立っていた。


杖の先に、ニナが渡した布が巻かれている。音を消すためだった。完全には消えない。けれど、石を打つ硬い響きは抑えられる。


オスカーは布を見ていた。


「嫌なら外す」


エマが小さく言うと、オスカーは首を振った。


「嫌じゃない」


「そう」


「でも、少し変です」


「何が」


「杖が、黙らされてるみたいで」


エマは返事に迷った。


オスカーはすぐに続けた。


「今だけです」


その声は、自分に言い聞かせるようでもあった。


「今だけ、静かにしてもらいます」


エマは頷いた。


「うん」


待つ時間が始まった。


それは、思っていたより長かった。


ダンジョンは音を吸う。広間の白い床は、わずかな衣擦れまで遠くへ運ぶ。それなのに、奥の気配だけは返さない。誰かが近づいているのか、まだ遠いのか。白い床は、答えだけを沈めていた。


エマは何度も入口の方を見そうになった。


誰も来ないなら、その方がいい。


敵が来なければ、戦わずに済む。白骸晶を封じ、戻り、白鹿が祈りの間を押さえる。そんな道もあるかもしれない。


けれど、来ないはずがないとも思っていた。


白鹿は先に場所を取った。


領主側の封鎖も出た。


町から入る道は閉じられた。


それでも、エマの体から力は抜けなかった。


死んだはずの弟が息をしている。失われたはずの命が戻り、その代わりに父が冷たくなった。床に残った白い欠片を見れば、何が起きたのかは分かる。


サイモンなら、それを見落とさない。


あの男たちは、願いを願いのまま置いておくような者たちではない。


閉じた入口を見れば、別の口を探す。


誰かが止める前に、手を伸ばす。


エマは胸元に手をやりかけて、やめた。


今は、そこに頼る場面ではなかった。


ここに来る。


その確信だけが、灯りの届かない奥に残っていた。


広間の奥で、何かがかすかに動いた気がした。


エマは手を止めた。


違う。


自分たちの音ではない。


ノルの指が、わずかに上がった。


全員が止まる。


ガイの口元から、いつもの軽さが消えた。ミレイが矢を静かに取る。ニナの肩が上がり、すぐに下がる。オスカーは杖を握ったまま、音を立てなかった。


また、音がした。


石を踏む音。


一つではない。


封鎖は出ている。


監視所からは、誰も通していない。


それでも、白い通路の奥から足音が近づいてくる。


ノルが灯りを指で覆った。


広間の白さが、一段暗く沈む。


白鹿は、追わなかった。


待っていた。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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