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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第四章 家へ戻る道
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第63話 白い石

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     本小説の主人公

オスカー・ウォーカー   エマの弟 生まれつき足に障害を抱えている

ローワン・ウォーカー   エマとオスカーの父 長らく行方が分からなかった

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間



▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

オスカーを家へ運び戻したあと、エマはニナに付き添われながら、弟のそばを離れずにいた。白鹿の者たちは家の外を守り、ノルたちはケインへ報告に戻る。ローワンはまだ見つからない。

エマはオスカーの顔や手についた白い石粉を拭き、服を整えようとする。その胸元には、祈り紐が残っていた。さらに、その内側から小さな白い石が見つかる。ローワンの言葉、サイモンの声、ダンジョンでの出来事がエマの中でつながり、彼女はそれが何かを悟る。

エマは石を握りしめたまま、オスカーを整えたいと言って、ニナにリディアを呼びに行かせる。灯りの残る家の中で、エマはオスカーの名を呼び、白い石を手の中に残した。

灯りの火が、小さく揺れていた。


外で、ニナの足音が遠ざかっていく。急いでいるのに、転ばないように抑えている足音だった。途中で一度だけ石を蹴る音がして、それからまた遠くなる。


戸口の前には、白鹿の護衛が二人残っていた。


エマは、扉の方を見ずに言った。


「着替えます。オスカーの服も、少し整えたいので」


扉の向こうで、若い男が短く返した。


「戸の前にいます。何かあれば呼んでください」


「はい」


返事をしたあと、エマは戸口から離れた。


声を上げれば入ってくる。


それでいい。


そう思うのに、今は誰にも入ってきてほしくなかった。見られたら止められる。止められたら、手の中のものを取り上げられる。そう考えている自分に気づいて、エマは指を強く握った。


右手の中に、白い石がある。


オスカーの胸元から見つかったものだった。


小さい。片手で包める。けれど、握っていると重さが分からなくなる。手の中にあるはずなのに、床の下の方へ沈んでいくような嫌な感触があった。


台所の端では、豆を浸した水が濁っていた。


朝からそのままだった器の表面に、小さな泡が浮いている。オスカーなら、そろそろ水を替えた方がいいと言う。豆の匂いが悪くなる前に、と言う。エマが適当に済ませようとすれば、あとで味が落ちると眉を寄せる。


言うはずだった。


今日も、言うはずだった。


「オスカー」


声は、部屋の中で小さく落ちた。


寝台の上で、オスカーは動かない。


額と頬は拭いた。手も拭いた。けれど、爪の間に残った白い石粉と、指の節にこびりついた杖の汚れは、そのままにしてある。


残しておく。


自分でそう決めた。


全部きれいにしてしまったら、オスカーがダンジョンの中で歩いたことまで消してしまう気がした。痛がりながら杖をついたことも、姉を待たずに先へ進んだことも、父を呼べたことも。


最後に、謝ったことも。


エマは、ゆっくり手を開いた。白い石が、手のひらにあった。


灯りを受けても、きれいには光らない。白いのに明るくない。骨の欠片のようで、古い粉を固めたもののようにも見える。


ローワンの声が、耳の奥に残っていた。


近づけてはいけない。使うものじゃない。それなのに、オスカーは持っていた。


オスカー自身が、服の内側に入れていた。


「なんで」


問いかけても、返事はなかった。


なぜ持っていたのか。誰に言われたのか。何を信じたのか。どこで、それを手にしたのか。


聞きたいことは山ほどあった。けれど、オスカーは答えない。


サイモンの声が、そこへ入り込んでくる。


まだ、諦めるには早いのでは。


エマは、反射的に石を握り直した。


「黙って」


誰に向けた言葉か、自分でも掴めなかった。


サイモンはここにいない。ガロンもいない。白い通路も、崩れた床も、血の匂いも、もうこの家の中にはない。


あるのは、灯りと、豆の水と、椅子と、杖と、動かない弟だけだ。


それでも、あの男の声だけが残っている。


あなたは、連れて帰る人だと聞きました。


エマは目を閉じた。


オスカーの指が服を掴んだ時の弱さが、手に残っていた。血で滑る布を押さえ直した感触も、白い粉が落ちる音も、全部が手の中に戻ってくる。


連れて帰った。でも、助けられなかった。


エマは石を握ったまま、寝台へ身を寄せた。


オスカーの胸元には、祈り紐だけが残っている。結び目は歪み、石粉で色がくすんでいた。自分の胸元へ手をやりかけて、そこに何もないことを思い出す。


エマの祈り紐は、もうない。ダンジョンの中に置いてきた。


拾わなかった。拾えなかった。担架で運ばれるオスカーの横から離れられなかった。


オスカーのものだけが、ここに残った。


「あなたのは、戻ってきたんだね」


声は、ひどくかすれていた。


エマは祈り紐の結び目をそっと直した。指先に白い粉がつく。小さな結び目は、母が作ったものだ。


母は何を思って、これを二人に持たせたのだろう。


守るためだったのか。知らせるためだったのか。それとも、いつかこんな場所へ引き寄せられることを、どこかで恐れていたのか。


考えても、答えは出なかった。


エマは、白い石をオスカーの胸元へ戻そうとした。


これはオスカーが持っていたものだ。なら、オスカーのそばに置いておくべきだ。危ないものなら、リディアに見せる。ケインにも渡す。ローワンが戻れば、ローワンに聞く。


そうするべきだった。


指が開かなかった。石を置くだけのことが、できない。


「……何なの」


白い石は何も答えない。


けれど、手のひらの内側で、少しだけ重くなった気がした。さっきまで軽すぎるほどだったのに、今は指の骨へ沈んでくる。


エマは歯を食いしばり、寝台の横へ置こうとした。


やはり、手は動かなかった。


「離して」


自分の手に言ったのか、石に言ったのか分からない。


戸の外で、護衛の靴音がわずかに動いた。


エマは口を閉じた。


声を上げれば入ってくる。走ってきて、止めてくれる。そのはずなのに、喉は音を作らなかった。


エマはオスカーの顔へ視線を戻した。


「ごめん」


謝ると、オスカーが嫌がる気がした。


謝ってほしいんじゃない。


前に、そう言われた。朝食の皿を挟んで、オスカーは怒っていた。怖がっていた。エマが帰ってこなかったら、自分はどうしたらいいのかと聞いた。自分の足のせいでエマが死ぬ理由にしないで、と言った。


あの時、エマは約束した。帰る、と言った。生きて帰ると。


誰かを連れて帰るために潜る。でも、自分も帰るから、と。


あの朝の約束が、喉の奥でほどけた。


エマは白い石を握ったまま、オスカーの手を取った。もう温度はなかった。指先は硬くなりかけている。それでも強く握れなかった。痛ませるはずがないと分かっていても、力を入れられない。


「私、帰ったよ」


言ってから、喉の奥が焼けた。


「一緒に帰った。ちゃんと、家まで帰った」


だから。


そこから先が出てこなかった。


許してほしいのか。戻ってほしいのか。約束をほどけたままにしないでほしいのか。


どれも違う気がして、どれも違わない気もした。


ただ、返してほしかった。


台所に立つ弟を。豆の水を替えろと言う声を。杖の革を自分で巻き直す手を。怒って、皮肉を言って、皿を遠ざけて、それでもエマの分の卵を半分残しておく弟を。


「返して」


声は、思ったより小さかった。


灯りの火が、一度細くなった。


エマは顔を上げた。


風はない。戸も窓も閉まっている。なのに、寝台のそばに置いた灯りだけが、芯を削られたように細くなっていた。椅子の足元に落ちた杖の影が、床の木目に沿って長く伸びる。


台所の端で、豆の水がかすかに揺れた。


器に触れた者はいない。エマは手を開こうとした。


開かない。


白い石は、手のひらに貼りついているわけではない。指を動かせば動く。けれど、離そうとした瞬間、オスカーの手まで落としてしまうような怖さがあった。


危ない。


ローワンは、使うものではないと言った。ケインも知っているはずだ。白鹿も、神殿も、敵も、みんなこれを欲しがった。


まともなもののはずがない。


それなのに、オスカーの指が冷たい。


そのことだけが、全部を押しのける。


「一度でいいから」


白い石が、手の内で熱を持った。祈り紐の熱とは違った。


あれは知らせる熱だった。進む場所を示すような、重さを伴う熱だった。


これは違う。


皮膚ではなく、内側から削られるような熱だった。


エマは声を漏らした。喉の奥で潰れた声だった。


手を離せ。


頭のどこかがそう言った。今なら、まだ。


エマはオスカーの手を握った。離せなかった。


オスカーの喉が、小さく動いた。


エマは目を見開いた。聞き間違いかと思った。


布が擦れただけかもしれない。外の足音かもしれない。自分の耳が、聞きたい音を作っただけかもしれない。


身を乗り出す。


「オスカー」


オスカーは動かない。


エマは、白い石を握った手をオスカーの胸元へ近づけた。祈り紐の結び目が、布の上でわずかに震えたように見えた。


その瞬間、熱が腕を走った。


肩が重くなる。吸った空気が奥まで入ってこない。部屋の端が少し暗くなった。灯りはある。見えている。けれど、見えているものの輪郭が遠くなる。


エマは寝台の縁に肘をついた。


倒れないように。まだ倒れられない。


オスカーの胸元が、かすかに上下した。今度は、見間違いではなかった。


浅い。


けれど、動いた。


エマの中で、何かが切れた。


「戻ってきて」


それだけだった。祈りでも、命令でもない。ただ、そこから先に進めない声だった。


石の熱が、腕を越えた。


右手から力が抜けかける。慌てて握り直す。握り直した瞬間、体の奥で何かがずれた。血が引くような感覚があり、床が遠くなる。


エマは左手で寝台の布を掴んだ。


オスカーの手は離さない。右手の石も、離せない。


「姉さんって、呼んで」


言った直後、唇が震えた。そんなことを頼むべきではない。


オスカーは、呼べるなら呼んでいる。


でも、聞きたかった。もう一度だけでいい。


姉さんでも、エマでもいい。怒った声でも、呆れた声でもいい。


石の内側で、音のないひびが入った気がした。


本当に割れたのかは分からない。手の中で何かが変わっている。重かったものが急に中身を失い、その代わりに、エマの体から何かが抜けていく。


力ではなかった。血でもなかった。もっと当たり前にそこにあったもの。


立つこと。歩くこと。荷を背負うこと。誰かの傷を押さえること。家へ帰る道を覚えていること。


そういうものが、一枚ずつ剥がされていく。


エマは奥歯を噛んだ。持っていかれる。


何を失っているのか、言葉にはならなかった。


ただ、指を離すには、もう遅かった。エマはオスカーの手を両手で包もうとした。


右手がうまく動かなかった。


白い石が、指の間からこぼれた。


床に落ちる。


小さな音だった。こつ、とも、からん、ともつかない音。


落ちた石は、ただの白い欠片に見えた。触れれば崩れそうな、乾いた白だった。


エマは、それを見下ろした。見下ろしたはずだった。視線が定まらない。


寝台の上で、オスカーの指が動いた。


ほんの少し。


エマの手の中で、冷えていた指が曲がった。


「オスカー」


声になったのか、自分でも分からなかった。


もう一度、オスカーの胸が動く。


浅く。


苦しそうに。


けれど、確かに。


エマは手を伸ばした。


額に触れようとした。頬に触れようとした。呼吸を確かめようとした。いつもの順番で見なければならない。顔色。喉。胸。手。布の位置。何が死なせるかを先に見る。


マルタの声が、遠くから聞こえた気がした。


手が、届かなかった。


体が横へ傾いた。


寝台の縁に肩が当たり、そのまま床へ落ちる。痛みは遅れて来た。けれど、それもすぐ遠のいた。


床は冷たかった。


白い粉が頬に触れた。


台所の端で、豆の水がまだ濁っている。あれを替えなければ、匂いが悪くなる。オスカーが嫌な顔をする。塩は遠くに置いておかないと、エマが勝手に足すから。


エマは、そんなことを考えた。


戸口の向こうで、誰かが動いた。


「エマさん?」


声がした。返事をしなければと思った。


入らないで、と言うのか。入って、と言うのか。どちらも言えなかった。


寝台の上で、布がかすかに擦れた。


オスカーの喉が、小さく鳴った。


それは言葉ではなかった。まだ、声にもなっていない。それでも、エマは聞いた。


聞いたと思った。


よかった。


そう言おうとした。唇は動かなかった。


床に落ちた白い欠片は、灯りの下で乾いたまま転がっていた。椅子の横では、杖が倒れずに立っている。


寝台の上で、オスカーの胸が浅く上がった。


エマは、それを見ていなかった。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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