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ダンジョンサポーター  作者: Aramaki_mai
第四章 家へ戻る道
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第61話 帰り着いた場所

ダンジョンに潜る人たちの話です。

ライト文芸寄りのダークファンタジーです。


▼登場人物

エマ・ウォーカー     本小説の主人公

オスカー・ウォーカー   エマの弟

ローワン・ウォーカー   エマとオスカーの父 長らく行方が分からなかった

オルブライト・ケイン   白鹿のギルド長

ノル・ハーヴェイ     白鹿の探索隊長の一人

ニナ・クラーク      白鹿のギルド所属の前衛 エマの仲間

ガイ・ラザフォード    白鹿のギルド所属の前衛 特任契約者 実力者

ミレイ・アスター     白鹿のギルド所属の弓手援護 特任契約者 エルフ 


▼主人公について

白鹿のギルドで働く二十歳前後のサポーター。

元前衛だが、今は救護、素材回収、物資管理、食料と水の配分、退路確認などを担い、探索隊を生きて帰すために働いている。


あらすじ

サイモンたちを追うことはできず、白鹿はオスカーを地上へ運び出す準備に入る。エマはまだ処置を続けようとするが、ノルに止められ、オスカーの死を受け入れきれないまま担架の横につく。ローワンが落ちた穴には灯りと目印を残し、必ず戻ると決めて撤退を始める。その途中、エマの祈り紐が切れて床に落ちるが、彼女は拾えず、オスカーのそばを離れなかった。

担架は、ゆっくり進んだ。


白い石粉を踏むたび、搬送役の靴底が乾いた音を立てる。四人の歩幅はそろっていた。そろえているのだと、エマには分かった。少しでも乱れれば、布に包まれた体が揺れる。揺れれば、まだ痛むのではないかと、ありもしない反応を探してしまう。


布が動くたび、エマは一度だけ顔を向けた。


返るはずのない文句を、耳が勝手に待っていた。


前では、ミレイが灯りを低く掲げて床を見ている。割れ目、沈んだ敷石、壁から張り出した白い筋。その一つひとつを避けるように、短く指示を出していた。


「右、床が浮いてます」


搬送役が半歩ずれる。


「そこで止まらないで。先の柱跡まで」


声は落ち着いていた。けれど、矢を持つ指は白くなっている。


エマは担架の横を歩いた。手を伸ばせば布に触れられる距離だった。触れてはいない。触れれば、布の下にある現実が、指先から体に入ってくる気がした。


後ろで、杖が小さく鳴った。


ニナが抱えている、オスカーの杖だった。歩くたびに、柄に巻いた革のめくれた部分が胸当てに擦れている。ニナはそれに気づくと、両腕で抱え直した。


「ごめんなさい」


小さな声だった。


誰に謝ったのか、エマには分からなかった。


「謝らないで」


声はかすれていた。


ニナはそれ以上言わなかった。ただ、杖を落とさないように抱えた。


通路の奥で、ガイが一度振り返った。敵が消えた方角へ、まだ目を残している。追えば何かが分かるかもしれない。今ならまだ、足跡の端だけでも拾えるかもしれない。


けれど、ガイは進んだ。


進むしかなかった。


ノルは最後尾に近い位置で歩いていた。穴の方へ向けた灯りを、すでに後続に渡してある。布印も残した。地図にも書き込んだ。それでも、彼の目は時々、肩越しに動いた。


ローワンが落ちた穴は、もう見えない。


見えなくなったのに、そこだけがまだ通路の中に口を開けているようだった。


エマは前を見た。


地上へ出す。


自分でそう決めた。


なら、足を止めてはいけなかった。


途中で、灯りが一つ見えた。


前にエマが残した灯りだった。石片で風を避け、後ろから来る者に見えるように低く置いたもの。そのそばで、搬送役が二人、壁際の男を固定していた。石の下に挟まれていた足は、まだ動かされていない。布と板が増え、出血に備えて別の者が手を添えている。


男はうっすら目を開けていた。


エマが近づくと、男の視線だけが動いた。


声は出なかった。


エマも、声をかけられなかった。


置いていったわけではない。


そう言いたかった。だが、その言葉は自分のために聞こえた。だから飲み込んだ。


ノルが足を止めた。


「状態は」


搬送役の一人が答える。


「意識はあります。石はまだ上げていません。血が動く前に、固定を増やしています」


「いい。後続が来るまで灯りを消すな」


「了解」


男の指が、床の木札をかすかに押さえた。エマが置いた小さな札だった。帰すための印。後から来る者に、見捨てていないと知らせるためのもの。


ニナが、その木札を見た。


何か言いかけて、唇を閉じた。


エマは担架の横へ戻った。


男を連れて帰る者はいる。


ローワンを探しに行く者もいる。


今の自分が横を離れれば、オスカーのそばが空く。


それだけは、できなかった。


白い通路を抜けると、石の色が少しずつ変わった。


壁の筋が減り、敷石の割れ方が浅くなる。奥へ行くほど息を殺していたダンジョンが、入口へ近づくにつれて、何事もなかったような顔を取り戻していく。


それが、ひどく腹立たしかった。


ここでは、何人もの探索者が通る。魔物を倒し、素材を持ち、荷を数え、帳面に名を書いて出ていく。いつもの場所。仕事の場所。エマが何度も潜り、何度も外へ出た場所。


今日も、そこは同じ顔をしていた。


オスカーだけが違っていた。


「段差」


ミレイが言った。


搬送役が止まり、担架を少し上げる。


布に包まれた体が、ほんのわずかに傾いた。


エマの手が伸びた。


今度は、触れた。


布越しの肩は、重さの返し方が違っていた。


生きている時のオスカーには、支えようとする力があった。嫌がる力があった。痛いとか、そこじゃないとか、文句を言う気配があった。


今は、何も返ってこない。


エマは手を離せなかった。


「エマ」


ノルが呼んだ。


エマは、少し遅れて顔を上げた。


「監視所に出る。記録がある」


「……はい」


「聞かれる」


「答えられないところは、お願いします」


ノルは一度だけ頷いた。


「分かった」


エマも頷いた。


礼は言えなかった。


ノルも、礼を待たなかった。


石段の上から、監視所の灯りが見えた。


夜の空気が混じってくる。ダンジョンの乾いた石の匂いに、外の冷えた風と、油の燃える匂いが重なった。遠くで、町の犬が一度吠えた。


外だ。


地上だ。


出られた。


なのに、何も緩まなかった。


石段を上がると、ダンが帳面の前に立っていた。顔を見た瞬間、何か言おうとしたのが分かった。いつものように、余計な一言を挟むつもりだったのかもしれない。こんな時間に騒がせるな、とか、帰りの記録を忘れるな、とか。


だが、担架を見て、その言葉は口の中で止まった。


灯りの下で、オスカーの顔が少しだけ見えた。


布で整えられている。血のついたところは隠されている。けれど、生きている者の顔ではなかった。


ダンの手が、帳面の端を押さえた。


「戻りの記録を」


声が、仕事の形をしていた。


ノルが前に出る。


「白鹿、救助隊。ノル・ハーヴェイ以下、帰還。負傷者一名は後続で搬送中。別地点に行方不明者一名。捜索隊を追加する」


ダンは筆を取った。


「行方不明者」


「ローワン・ウォーカー」


筆先が止まった。


一瞬だけ、ダンはエマを見た。エマは帳面を見ていなかった。担架の布の端を押さえているだけだった。


ダンは何も聞かず、名前を書いた。


「オスカーは」


ノルが答える前に、エマが口を開いた。


「家へ運ぶ」


ダンの喉が動いた。


「……分かった」


「記録して」


エマは言った。


「入った名前があるなら、ここまで来たことも書いて」


ダンは帳面を見下ろした。


そこには、少し前に書かれた黒い線があった。


オスカー・ウォーカー。


神殿関係の搬送補助。


その文字だけが、妙にきちんと並んでいた。誰かの都合でつけられた名目なのに、帳面の上では正しい手続きの顔をしている。


ダンは筆を置き直した。


「オスカー・ウォーカー、帰還」


それだけ書いて、手が止まった。


状態を書く欄がある。


負傷。


死亡。


搬送。


いくつかの言葉が、帳面の決まりの中には用意されている。


ダンはしばらく筆を持ったままだった。


ノルが低く言った。


「詳細は白鹿から報告を上げる。今は、家へ運ぶ」


「……ああ」


ダンは欄を空けたまま、端に短く書き添えた。


家族宅へ。


それだけだった。


事務の言葉だった。


なのに、エマの指は布を強く握った。


ダンは机の横へ回り、入口を空けた。


「道を開ける。町の中で止められたら、俺の名を出せ」


ガイが短く言った。


「気が利くじゃねえか」


「今言うな」


ダンの声は低かった。怒っているようで、泣きそうにも聞こえた。


ガイはそれ以上茶化さなかった。


ノルは振り返り、短く指示を出した。


「ミレイ、白鹿へ走れ。ケインに、敵は逃げた、ローワンは落下地点で未確認、後続捜索を出すと伝えろ。リディアとノアにも回せ」


「了解」


ミレイは頷いた。弓を背へ回し、すぐに夜道へ出る。


「ガイ」


「穴の方だろ」


「後続と合流して、捜索を急がせろ。ただし、崩れを広げるな」


「分かってる。焦った奴から落ちる場所だ」


ガイは一度だけエマを見た。


いつもの軽口はなかった。


「エマ」


呼ばれて、エマは顔を上げた。


「見つけたら、連れてくる」


それだけだった。


約束というには足りない。慰めというには硬い。けれど、今のエマにはそれくらいでよかった。


「お願い」


声が出た。


ガイは頷き、監視所の奥へ戻っていった。


ノルはニナを見た。


「ニナ。行けるか」


ニナはオスカーの杖を抱えたまま、頷いた。


「行きます」


「エマのそばにいろ。何かあれば、すぐ人を呼べ」


「はい」


ノルはエマへ向き直った。


「俺は白鹿へ戻る。家には、あとで誰かを向かわせる」


エマは答えなかった。


ノルは少しだけ言葉を探したように見えた。だが、結局、足さなかった。


「家へ帰れ」


それだけ言って、背を向けた。


担架は町へ向かった。


夜の道は、昼より広く見えた。


店は閉まり、軒先の布は畳まれている。市場の匂いは薄く、代わりに家々の中から、煮た豆や焼いたパンの匂いが漏れていた。どこかの窓から、子どもを叱る声が聞こえた。別の家では、皿を重ねる音がした。


どれも、いつもの夜だった。


オスカーが好きではない香草を避けて、根菜を小さく切る時間。エマが塩を入れすぎないよう、鍋のそばに立っている時間。椅子の横に杖を置き、片手で皿を寄せながら、文句を言う時間。


そういうものが、どこかの家にはまだあった。


ウォーカー家にも、昨日まではあった。


担架の足音が、石畳に沈んでいく。


ニナは何度か口を開きかけた。けれど、何も言わなかった。抱えた杖の向きを変え、柄のめくれた革が擦れないように手のひらで押さえている。


エマはそれを横目に見た。


「腕」


ニナが驚いたように顔を上げた。


「え?」


「痛むでしょ」


ニナは自分の左腕を見た。前の傷がまだ完全には戻っていない。杖を抱え続ければ、痺れが出てもおかしくなかった。


「痛いです」


ニナは正直に言った。


「でも、持てます」


「無理なら」


「言います」


ニナはそこで一度言葉を切った。


「今は、持たせてください」


エマは頷いた。


それ以上は言わなかった。


道を折れると、家の屋根が見えた。


小さな家だった。特別なものはない。壁は少し古く、戸口の下には、オスカーが前に直した段差の板がある。杖の先が引っかからないよう、角を削ってあった。


エマはその板を見た。


前に、削り方が甘いとオスカーに直された。


ちゃんと角を落とすんだよ。引っかかったら危ないから。


そう言って、自分でやすりをかけていた。


担架が戸口の前で止まった。


エマは扉に手をかけた。


鍵はかかっていなかった。


出ていく時、閉めた記憶がない。ローワンを連れ、荷を掴み、監視所へ走った。扉のことなど、考えなかった。


中は暗かった。


灯りを入れると、家の中が少しずつ戻ってくる。


机。


椅子が二つ。


台所。


棚に畳まれた布。


水に浸した豆の器。


豆の水は濁っていた。表面に小さな泡が浮いている。オスカーが出ていった時のまま、そこにあった。捨てると言った。新しく買うと言った。帰ってから見てて、とも言った。


豆は、オスカーが言った通りにはならなかった。


エマは立ち尽くした。


搬送役の一人が、戸口で声を落とす。


「どこへ」


エマは答えられなかった。


この家のどこに、オスカーを置けばいいのか分からなかった。


椅子ではない。


台所ではない。


寝台に運べば、眠っているように見えてしまうかもしれない。けれど、床に置くことはできない。


ニナが静かに言った。


「一階の寝台、奥ですよね」


エマは頷いた。


「そこへ」


声が遅れて出た。


担架は家の中へ入った。戸口の段差を越える時、板が小さく鳴った。オスカーが削った板だった。


寝台の横へ担架を寄せる。


「持ち上げます」


搬送役が言った。


エマは手を出した。


「私も」


「エマさん」


ニナの声が止めかけた。


エマは振り返らなかった。


「私も持つ」


搬送役は一瞬だけ戸口を見た。判断を仰ぐ相手を探したのかもしれない。ノルはいない。ケインもいない。


ここには、家族しかいなかった。


搬送役は頷いた。


「では、肩側を。布ごと支えてください」


エマは言われた位置に手を入れた。


布越しに、オスカーの肩を支える。


生きていた時なら、少しは力が返ってきた。


寝返りを打つ時も、椅子へ移る時も、オスカーは自分の体を自分で支えようとした。手を貸されるのを嫌がって、眉を寄せた。遅いと言われれば怒った。早いと言われても怒った。


今は、こちらが支えた分だけ沈む。


「せーの」


四人で持ち上げ、寝台へ移す。


布が少しずれた。エマはすぐに直した。顔の横に落ちた髪を指で避ける。オスカーのまぶたは閉じている。眠っている顔ではない。けれど、何か言いそうな口元をしていた。


姉さん、そこ違う。


そう言われる気がした。


エマは布の端を、何度も整えた。


搬送役が下がった。


「白鹿へ戻ります。後で誰かが来ます」


「ありがとうございます」


ニナが代わりに言った。


エマは頭を下げられなかった。


搬送役たちは静かに外へ出ていった。戸が閉まると、家の中が急に狭くなった。


ニナはしばらく立っていた。


杖をどこへ置けばいいのか、迷っている顔だった。


「そこ」


エマは言った。


ニナが振り返る。


「椅子の横。壁から少し離して」


ニナは言われた通り、オスカーの椅子の横へ杖を立てた。けれど、いつもの位置とは少し違った。柄の角度が悪く、杖が倒れかける。


「あ、すみません」


「違う。もう少し右」


エマは寝台の横から言った。


ニナは杖を持ち直した。


「このくらいですか」


「もう少し」


「はい」


「そこ」


ニナは慎重に杖を立てた。今度は倒れなかった。柄のめくれた革が、灯りの中で薄く浮いて見える。


ニナはその革に触れかけて、手を引いた。


「直した方が」


「オスカーが直す」


言ってから、エマは口を閉じた。


家の中に、その言葉だけが残った。


ニナは何も言わなかった。


少しして、台所へ目を向ける。


「水、替えますか」


豆の器のことだと分かった。


エマは寝台の横に座ったまま、台所を見た。


水は濁っている。放っておけば、もう使えない。オスカーなら、迷わず捨てただろう。もったいないと言いながら、それでも体に悪いからと新しくする。鍋を洗い、器を洗い、棚の布で手を拭く。


「そのままで」


エマは言った。


「でも」


「そのままでいい」


強い声ではなかった。


ニナは頷いた。


「分かりました」


ニナは台所へは行かなかった。代わりに、棚から清潔な布を一枚取った。


「顔だけ、拭きますか」


エマはすぐに答えられなかった。


オスカーの顔には、石粉が少し残っている。髪の際にも、白い粉がついていた。唇は乾いている。手も冷えている。放っておきたくない。けれど、布を当てた瞬間、もう動かないことを指が知ってしまう。


ニナは布を両手で持ったまま、待っていた。


急かさなかった。


エマはゆっくり頷いた。


「私がやる」


「はい」


ニナは布を渡した。


エマは水を取ろうとして、手が止まった。


台所の水は、豆の器の横にある。そこへ行けば、濁った水が目に入る。オスカーが気にしていた豆。最後に言った豆。


ニナが気づいた。


「私が」


「お願い」


声は小さかった。


ニナは水を汲み、布を湿らせた。余分な水を絞り、エマの手に戻す。


エマは布を受け取った。


オスカーの額に、そっと当てる。


石粉が少し取れた。


白い布に、薄い灰色が移る。


エマは何度も丁寧に拭いた。額、こめかみ、頬。小さな傷の周りは避けた。唇には触れられなかった。


手を拭こうとして、指先で止まる。


オスカーの指には、杖の柄を握っていた跡が残っていた。革が擦れた小さな汚れ。爪の間に入った白い粉。


エマはその汚れを、全部は落とさなかった。


落としてしまえば、今日、歩いた跡まで消してしまう気がした。


外で足音がした。


白鹿から誰かが来たのかもしれない。あるいは、マルタかもしれない。


エマは動かなかった。


ニナが扉の方を見た。


「出ます」


エマは頷いた。


ニナが戸口へ向かう。その途中で、オスカーの椅子の横を通った。杖が、少しだけ揺れた。


倒れはしなかった。


ニナは手を添えて、角度を直した。


それから、扉を開けた。


外の声は、まだ家の中までは入ってこなかった。低く話す声があり、誰かが息を整える音があった。


エマは寝台のそばで、オスカーの手を見ていた。


豆を洗い、布を畳み、杖の革を直そうとしていた手だった。


最後には、エマの服を掴んだ手だった。


エマは指先を包むように、自分の手を重ねた。


冷たさに、体が遅れて反応した。


それでも離さなかった。


台所の端で、水に浸された豆が、濁ったまま置かれている。


そして、オスカーの椅子の横に、杖だけが戻っていた。


本作品は未完成な部分や表現に納得できない箇所が随所にあります。なので、随時修正します。

シナリオや展開を変えるつもりはありません。

ご容赦ください。

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